夢の国へはあなたと2人で







「坊や、俺と一緒に風俗へ行かないか?」



なんのことはない。ただただ平和な昼下がり。この赤い髭オヤジは俺にそんな言葉を吐いてきた。聞き間違いか?と首を傾げながらも俺は悪魔の右腕を大きく振り上げて、全身全霊全力を持って振り下げた。ごわっ、と空が裂ける音と共に床が木っ端微塵に砕け散りただの木屑となって宙を舞った。ギリギリのところで躱したオヤジ。宙を舞ったのがオヤジではない事実に思わず舌打ちが漏れる。



「ぶねッ……!あっっぶねえぇな!ははははっ!惜しかったな!今のはマジで危なかったぞ坊や!」

「どうしたおっさん。急に自分の脳みその色が知りたくなったのか?オーライ今すぐカチ割ってやるよそのアタマ」

「残念ながら一生知りたくねぇな。落ち着け坊や、落ち着いてオトナの話をしようじゃないか」



どうどう、と馬でも宥めるような素振りで俺に着席を促すダンテに怒りが収まるはずもなく。しかし今右手を振るえばまた躱されてしまうだろう。話を聞くフリをして、油断させてから確実に頭を削いでやる。力を振るいたくて煌々と光る右手をなんとか抑えつけ、黙ってデスクに腰を下ろしてやった。



「だから、坊や。一緒に風俗に行ってみないか?」

「どうしてそんなデタラメな発言ができんのか結論を言え」

「なんでそんな怒ってんだよ。風俗なんて人生の通過点だ。オトナの社会科見学だと思ってさ」

「伝わってねぇのか?結論を言え」



右手をバキバキと鳴らし始めた俺にダンテはお手上げのポーズをとる。情けないジェスチャーのはずだがサマになっているのが癪だ。ダンテは更に口をもごもごとごもらせて、言いにくいことを言おうとしている風を装った。ああ、イチイチ癪に触る。




「いや、俺から坊やを押し倒しといて勝手な話なんだがな。このまま坊やが女も知らずに生涯を終えちまうことを考えたら……、こう、今更ながら罪悪感が…」



案の定、これ以上ないほど癪に触るお気遣いだった。むしろ呆れた。今か今かと戦慄いていた右手が一瞬で冷める。



「大きなお世話だ。それに、生涯終えるまでアンタと付き合ってる保証なんてねぇし」

「…………………………………」

「………そ、そんな顔すんなよ冗談だって」



一瞬で悲愴のオーラに包まれたダンテの顔を見て俺は思わずダンテの肩を抱いていた。畜生、俺は本当にこの男に弱い。なんだかんだ、一生俺と過ごすことを前提に考えてくれた上での提案だったのだ。その提案は解せないが、気持ちだけは汲むべきだ。



「あ、アンタが気にすることじゃねえよ。な、それに、なんだ…、俺は、アンタで、満足してるから」

「坊や…」



眉を八の字に垂らしたダンテが俺を見上げる。よし、この話はこれで終わりだ。付き合っていれば少しの思い込みやすれ違いや誤解もあるだろう。いい経験になった。仲直りのシルシにダンテの頬にキスを贈る。すると先程までの悲愴の表情が嘘のように笑顔を見せ、



「で、今日の夜でいいか?社会科見学」



なんてことを言うもんだから、俺は一瞬にして再沸騰した右手を全身全霊全力で再度振り下ろした。当然、あと数ミリのところで躱される。ここまできたら見事なもんだ。



「なんだなんだ坊や!硬く考えんなよ、いいじゃねぇか!坊やくらいの歳の坊やからしたらネズミの住む夢の国より夢の詰まった場所じゃねえのかよ!」

「おっさんてめぇ、んなとこに俺を連れてってどうする気だ?コラ」

「いやあ…坊やが夢の国の妖精とお勉強してる間に、俺は俺で夢の国の魔女とオトナの時間を過ごせるわけで…」

「なあおっさん。風俗なら浮気にカウントされねえとか考えられる頓珍漢なアタマなら一回カチ割った方が正常な働きをするんじゃねえかな」

「なんで坊やはそうやってすぐ俺の脳みその色を知りたがるんだ?虹色のゼリーでも詰まってると思ってんのか?」



尚もへらへらとおどけてみせるクソオヤジ。本当に虹色のゼリーが詰まってんのか確かめないと気がすまない。一旦脚を狙ってから確実に頭を割ってやろうと右手を構えた、が。



「………坊や?」



俺は右手をダラリと下ろし、大人しくデスクの上に再度着席した。


わかっていないのは、俺の方だ。



「どうした坊や…?」

「別にいいぜ」

「なに?」

「いいぜ、風俗。俺はいかねぇけど、アンタ行ってこいよ。別に、怒らねえから」

「…………」



きっとダンテは、俺じゃあ満足していないのだ。
だから俺を風俗に連れてって、その他諸々を勉強させて、ついでに自分も女で満足しようとしたのだろう。完全に自分を買い被っていた。俺はダンテとの関係で十分満足している。勿体無いとさえ思ってる。自分のことばかりで「ダンテは?」なんて考えたこともなかった。残念ながら、今更ダンテ以外のヤツとヤル気にはなれない。だからせめて、ダンテには自由をあげなければならないんだ。



「んー、坊や。なんか勘違いさせちまったか?」

「なにが勘違いだ。てめぇはとっとと夢の国の妖精でも魔女でもオトナの時間とやら楽しんでこいよ」

「坊や、お前が一緒じゃないと意味がないんだ」

「だからっ…!俺はそんなとこ…ッ!」



みっともなく声を荒げ、持て余した右手でデスクを叩こうとした瞬間。俺の右手より早く、ダンテの左手が先に俺の頭を掴んでいて。キスをされていた。
少し荒っぽくデスクに身体を倒されて、徐々に互いの唇の密度が増していく。俺が大好きなキスだった。悔しい。俺が何度手を伸ばしてもこの男には届かなかったのに。コイツはこんなにもあっさりと俺を捕まえる。俺がこんなにも情けないから、ダンテを飽きさせてしまうんだろう。



「んッ……ど…けっ、よ!この変態!」

「ははっ、否定はしねえ。まあ坊や、これを見てくれ、な」

「あ?」



ダンテは俺の身体に覆いかぶさったまま、デスクの横に手を伸ばしてなにやら大きめの紙袋を俺の目の前につきつけた。中身を想像させる間もなく、ダンテは紙袋をひっくり返して中身をデスクの上にぶちまける。ゴロゴロゴロと、重苦しい音を立てて転がるそれら。血の気が一気に引いたのは、言うまでもない。



「…………!!!」



存在は知っていたが、直に見たことなんて勿論ない。その形状を言葉で表すのもおぞましい。明るめの色使いでなんとなくおしゃれ感を演出している様が逆に恐怖を誘発する。呆気にとられている間に、バチン、と音を立てて両手をベルトのようなもので拘束されてしまった。


つまり、属に言う“オトナの玩具”だ。
種類も様々。どう使うのか、想像も出来ない。



「どうしても風俗に行きたくないって言うんなら、仕方ねえな、なあ、坊や」

「なっ……、な、っ!」




「俺と一緒に、風俗ごっこ、しようぜハニー」




「てめぇ…!その流れにもっていきたかっただけかよッ!!」

「ほら坊や、コレな、雑誌で見てすげぇ使ってみたかったんだよ」

「ちょっ…!ふざけんな!近づけんなそんなもんッ!」

「夢の国へは2人で行こうな、坊や」



飽きられることを怖れていたのはこの男の方だったのかもしれない。この提案は解せないが、気持ちだけは汲むべきだ。


結局、俺はデスクの上でのこの男と生涯を共にすることを誓わされ、キスと言う誓約書を互いに贈り合うハメになった。







end.


(17/0627)



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