君が僕のたった一人の恋人になるまで






きっとこんなものなのだ。と、潔く納得してしまえば楽になれる。と、そんなことはわかりきっているのだ。
しかしそれで納得できないのは、諦められないのは、我慢できないのは。俺がどうしようもなくこの男に本気だからで。この男にもどうしようもなく俺に本気になってほしいのだ。悔しいことに。


男同士と言うだけで普通じゃないが、男同士だって普通に付き合って幸せにイチャついてるヤツらは普通にいる。けど俺たちは男同士な上に付き合い方も普通じゃなかった。
つまりこの男ダンテが、ハグをしてキスをしてベッドへ連れ込むのは俺だけじゃない。後から後から様々なタイプの女が降って沸いてくる。
要するに、浮気だ。
ゴシップ誌の中だけの世界だと思っていた。舐めていた。ちくしょう。


最初にダンテと関係をもった時は、女扱いされた複雑さはあったが正直に嬉しかった。当然だ。ずっと好きだったのだから。しかし勢いで押し倒されたせいか、その、告白と言うヤツは受けていない。この時は想いが通じたことへの喜びが勝っていたせいか、順序が間違ったことくらいで不満には思わなかった。できれば「好きだ」とか「付き合おう」とかハッキリとした言葉がほしかったが、不安だから言葉を欲しがるなんてまるでガキのようで。ダンテが大人の恋愛とやらを望むなら、俺は爪先で震えながらでも背伸びをしよう。そう切り替えた2日後のことだった。


ダンテが事務所の前で知らない女とキスをしていた。


黒い髪を腰まで伸ばした女だった。目撃した俺は、思わず逃げた。なんと言うか、見てはいけないものを見てしまったと言う焦りからだ。混乱していた。暫く走って冷静になってから湧いてきたのは当然、怒りだ。あのクソ髭。俺に手を出しておきながらいい度胸だ。どう報いをくれてやろう。あの髭の頭を掴んで叩きつけるシミュレーションを頭の中で繰り返しながら来た道を駆け戻り、事務所の扉を蹴破った。



「おかえり坊や。どこ行ってたんだ?寂しかったぜ」



なんて、甘い声色と共に歳不相応な笑みで迎えられ、怒りなんて吹き飛んだ。
俺は本当に、この男に惚れているのだ。
だから、あれはなにかの間違いだったと思ってしまった。この男はモテる。きっとダンテをものにしたい女が無理矢理迫ってキスしたのだろう。そのくらい大目に見てやろうと安堵の溜め息を零し、眠りについた。
その翌朝だ。
一階の事務所から響く女の声で目が覚めた。ダンテを呼んでいるようだ。その声に急かされるようにダンテはコートを着込んで部屋を出て行った。客だろうか?と俺も慌てて一階の事務所に下りると、


知らない女とダンテが、まるで恋人のような流れでハグを交わし、キスをしていた。


赤毛の髪を派手に巻いた女だった。呆然とする。何が起きているのかわからない。わかってはいるが、わからないのだ。
女が俺に気付き「あの子ダレ?」と問うと「ああ、恋人だ。かわいい坊やだろ?」と当然のように紹介された。しかし女は「なにそれ!おもしろい!」とケタケタ笑っている。きっと冗談だと思っているのだろう。俺もこのわけのわからない状況を冗談だと思いたい。
そしてダンテは女の肩を抱きながら俺に振り返り、また歳不相応に笑ってみせた。冷や汗が背中をつたう。



「坊や、今日は留守にするから電話番頼むな」

「え…、は?どう言う……何処行くんだよ?」

「ん?いや、このベイビーちゃんとは暫く会えなくてな。寂しい思いさせた分穴埋めしてやらないと」

「……は?」



聞き返す間もなく、ダンテは女と一緒に出て行った。
そして、また翌朝。
帰って来たダンテはまた別の女を連れていた。ブロンドの髪を短く切り揃えた女だった。


つまりこれは、あまりにもオープンで清々しい浮気である。
しかも本人はこれが悪いことだと認識していない厄介なヤツだ。もう頭が痛い。


それでも俺はアイツの浮気を黙認した。
自分はこんなにも彼に本気なのに。彼にとって俺はその他大勢の一人にすぎないのかと思うと、怒りと寂しさが波のように押し寄せて息継ぎも危ういほど苦しいのは確かだ。出来るなら、荒れ狂う感情に任せて泣き喚きながらぶっ飛ばして一回くらい殺してやりたいと思う。けれど、他の女たちが彼の浮気を容認して、それでもいいと思って付き合っているのだとしたら。ダンテが、そんな女たちだからこそ付き合っているのだとしたら。浮気はやめてほしいなんて束縛するようなことを言えば、嫌われて捨てられてしまう可能性だってあるのだ。
それだけは嫌だ。捨てられるなんて絶対に嫌だ。
しかし、女を連れているところは数え切れないほど見たが、男を連れているところは見たことがない。それに女を泊めることはあっても、俺のように部屋を与えて住まわせるようなこともない。たったそれだけでも、自分は他の女よりは特別視されているのではないかと期待してしまう。他の女は遊びで、本命は俺なんじゃないかと思ってしまうのだ。


つまり、浮気と呼ぶにはどうにも対等ではなく。遊びと呼ぶにはどうにも諦めがつかない。
それが俺の現状だ。







「俺だけじゃダメかな」

「なにがだ?」

「付き合うの、俺だけじゃダメかな」



言ってしまっていた。
最早病気と言っても過言ではないこの男の浮気癖を知って直ぐ。彼のために自分のために、墓までもって行こうと固く誓った一言を。言ってしまった。



「……どう言う意味だ?」

「だから!…その、浮気、しないでほしいんだけど……」



言ってしまったからには仕方がない。どの道、体力には自信があるが精神力が限界だ。それにこんなことで愛想を尽かすほど冷めた男ではないと十分わかっている。あとはこの男がどんな反応をするのか。未知の世界だ。ダンテがなんと言おうと精一杯、誠心誠意、俺の思いを伝えるしかない。そう息を呑んだと同時に、この男は、ふっ、と鼻で笑ってみせたのだ。



「なんだ坊や、つまんねぇことを言うんだな」

「は?」

「浮気はやめなさい、か。ガキに向かって“万引きはいけません”って叱る母親みたいだ。つまんねぇな」

「…………」



意味がわからない。
言ってることもわからないが、この男の余裕の態度も理解不能だ。恋人に浮気はやめろと迫られる修羅場と言うヤツを目の前に、つまんねぇな、とはどう言うことだ。



「坊やは何をもって俺の行為を“浮気”だと、“悪いこと”だと判断したんだ?大多数の女とデートしたからか?手を繋いだからか?キスしたからか?セックスしたからか?それがなんだ?たった一人の女としかヤッちゃいけねえなんて、そんなルールいつから始まったんだ?」

「……………」

「例えばの話をしてやろう。俺はメジャーリーグ観戦が大好きだとする。しかし俺が気に入っているベイビーは、メジャーなんて興味もないしつまらないとさえ言う。それなら、興味もないもんに無理に付き合ってもらうのも悪いし、二人一緒に楽しめないんじゃ意味がない。それでも俺はメジャーが好きだ。だったら一人で行けばいいと思うかもしれねぇが、どうせなら誰かと一緒に楽しみたい。そこで、ちょうど俺の前に現れた別のベイビーが、私もメジャーが大好きだと言った。俺は当然その子と一緒にメジャーリーグ観戦に行く。楽しい時間をくれたベイビーにキスのプレゼントくらい当然だと俺は思う」

「………」

「お前たちはコレを浮気と言うんだ。おかしなハナシだ。俺の楽しい時間を、楽しい人生を、一緒に楽しんでくれる女を俺は選んでいるだけだ。俺の楽しみを理解できない女を選んでいないだけだ。一生に一度しかないかもしれない選択を、娯楽を、道楽を、世の中は浮気だ不倫だ犯罪だとまくし立てる。下世話にもほどがある。いったい誰に何の迷惑が掛かってるってんだ?」

「……」

「坊やは俺のかわいい恋人だ。女とは楽しめないことは坊やと楽しむが、坊やとじゃあ楽しめないことは女と楽しむ。それだけだ。だから俺の楽しみにケチをつける権利は、残念ながら坊やには、ない」

「……お、俺が」

「ん?」

「女だったら、よかったってこと?」

「おもしろいことを言うな坊や!お前が女だったら、俺はお前に見向きもしてなかっただろうな。そう言うことじゃないんだよ坊や」

「……………」



それ以上、手も脚も口も出なかった。
勿論言いたいことは山ほどある。けれど、権利が無いと言われてしまったのだ。俺が彼を好きでいる気持ちを、彼にどうこう出来る権利など無いように。彼のどうしようもない屁理屈を「そんなものは屁理屈だ!」と否定する権利など、俺には無いのだ。
ダンテにとって俺は、それほど小さな存在なのだろう。



「……………」

「坊や」



俯いたまま立ち尽くす俺の頭上に、ダンテの低い声が落とされる。ソファに深く座っていたはずの男が、いつの間にか俺の目の前に立っていた。顔は上げられない。泣きそうな顔をしてるだろうから。もういい、ほっといてくれ、と押しのけようとした腕を握られ、徐に顎を持ち上げられた。
小動物でも眺めるようにニヤニヤと、薄ら寒い笑みを浮かべるダンテがいた。



「どうした?坊や。反撃してこないのか?」

「………だって」

「お前なら、俺の頭を掴んでぶん投げて一回殺すくらい、怒ってくれると思ったんだがな」

「え?」



いつだってそうだ。女は。
二番目でいいから。遊びでいいから。一回だけでいいから。どうして浮気を許しちまうんだろうな?こっちが理屈を並べると、わかんねぇクセに納得したフリするんだろうな?なんでもっと怒ってくれないんだろうな?“万引きはいけません”って、ちゃんと叱ってくれる大人がいないとダメなんだよ。別れられるのが怖いってんなら、誰も俺の中身を見ちゃいないんだ。俺がそんな器の小さい男に見えるか?心外だな。心をぶつけてきた相手には、心で返すくらいの情熱はあるさ。だからお前が一番イイと思ったんだ。冷めてるクセに感情的で。甘えたがりのクセに意地っ張りで。俺を独り占めしたいクセに、大人ぶって、わかったフリして。


そんなお前に、怒ってほしいんだよ。“アンタは俺のものだ”って、独占してほしいんだよ。



「ネロ」

「………」

「例えばな」

「……」

「俺が浮気をする度に泣いて喚いて怒って、その度に俺が甘い言葉で口説き直して、その度に顔を真っ赤にして許してくれるかわいい年下の恋人なんて…最高だと思わないか?」

「……………」

「なあ?俺のかわいい坊や?」



話が急展開すぎて追いつけない。さっきまでの屁理屈はいったいなんだったんだ。



「ダンテ」

「ん?」

「歯ぁ食いしばれ」



つまり誰からも愛される男は、誰のことも愛せない、と言う典型だろうか。
結局この男はきっと、ずっと。唯一無二から愛されて、唯一無二を愛したかっただけなのだろう。
なんて面倒くさい話だ。
俺は全力で男に殴りかかり、顔を真っ赤にしながら泣いて喚いて怒って、


抱きついて、キスを強請った。








end.


(16/1215)

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