一生、誰にもあげないで










「坊やは俺と」

「………」

「やりたいって、思うか?」

「思うよ。思ってる」

「そ…」

「でも、別にいいよ。いいよ、そんなの。しなくていい」

「坊や、」

「このままでいようぜ」

「…………」



思えば珍妙だった。
恋人と言う枠組みで括ればそれは当然の感情で当然の成り行きで当然の結論だろう。が、世の中そう単純な関係ばかりではない。肉体関係はあるが恋人ではなかったりする、そんな場合。それは客と商売人であったり、犯罪者と被害者であったり、友人と友人であったり、真っ赤な他人同士であったり。珍妙ではあるが、非常に非情に世の中にありふれている関係だ。
俺と彼がただその類の関係であったなら、それはそれで「まあ仕方のないこと」で諦めがついたのかもしれない。しかし俺と彼はその世の中にありふれている珍妙な関係を遥かに凌駕しているように思う。
お互いのことを強く愛していて、お互いのことを誰よりも深く知りたいと願っていて、お互いの存在を尊重し、触れ合い、語り合い、時には喧嘩をし傷つけ合ったとしても、再び言葉を交わし寄り添い合える。そんな、お互いの幸せをなによりもなによりも望み合う関係でありながら、肉体の関係だけが築けずにいた。






抱こうとしなかったわけじゃない。むしろ今夜こそはと毎夜のように彼を誘う算段を立てていた。しかしなににしても彼は若かった。未経験であることも承知していた。だからこそ興味の直中であるだろうと踏んでいた。自分からは言い出せないだけで、俺のことを待っているのだと。けれど。彼は一度もそんな素振りを見せなかった。
お互いの思いを打ち明けてから、そのままの状態で一月が経った頃。俺はソファの上で彼に深く唇を押しつけながら、彼の身体に両手を這わせた。駆け引きは得意な方だ。遠回しに言葉で彼の心中を探るよりも、実力行使に出た方がよっぽど清々しい。彼の理解も早いはずだ。彼の口内を散々味わって、期待に胸が躍り高揚感に熱がふわりと湧いた瞬間。彼は俺の両手を捕まえて、ぐっと、押し返してきたのだ。そして、



「ごめん、こういうこと、する気ないから」



と言って、早足で部屋を出て行った。
驚愕もいいところである。こんな事態を誰が想定しただろうか。お互いの関係の認識に相違があったのか。しかし俺たちは確かに付き合っているはずだ。同棲一月目でその間何度もキスを交わしている。それでいて今更「俺たち友だちじゃん」などと言われたならば彼の育ちに大きな間違いがあったと言う他ない。心の準備ができておらず、もう少し待って、と言われるのはわかる。しかし彼は確かに言ったのだ。「する気がない」と。理解ができなかった。付き合って、キスをして、セックスをして。これが当然の流れだと疑わなかったから。


この日から、彼への接し方がわからなくなった。
俺に対する彼の気持ちがわからなくなった。


それでも俺の気持ちは変わっていない。相も変わらず彼を愛しているのは確かだ。だからこそと言うべきか。正面切って拒まれてしまったからには、これ以上を迫ることができない。コレがどれだけ苦しい状況か。言葉にするのも困難なレベルである。



「ダンテ?」

「……ん、…あ?」

「なんで最近喋ってくれねえの?」

「は?そうか?」

「うん。なんか怒ってる?」

「いや、気の…せいだ、ろ」

「…ならいいけど」



怒っているわけじゃない。いや、怒っている。苛ついている。俺を拒んでおいて当然のように恋人面をしている彼に。ついでに言うなら大分溜まってもいる。しかし、彼を愛していながら他の女を抱く気になどなれやしない。女にだって不誠実だ。
まさか彼は、単純に女役になりたくないだけなのか。興味がないわけがない。彼だって健全な男児だ。もしかしたら彼は、余所で女と寝ているのではないか。なんて良からぬ疑いを巡らせていたのも事実。たった一度の拒絶でそこまで彼に不信感を抱いてしまうほど、やはり彼を愛していたのだ。


それから幾夜を一人で明かした頃。仕事が長引き深夜に帰宅した日。そのまま自室を通り過ぎ、彼の部屋の前で脚を止めた。寝顔を見ようとしただけだった。そっと、無防備に眠る彼にキスをしようとしただけだった。それだけでも満足だと言い聞かせるしかなかった。しかし、



「……、……」



声が聞こえた。彼の声だ。それは、声にならない声だった。
そっと、そっと、扉を開ける。呼吸を止めて、僅かにできた隙間から部屋の中を覗く。ベッドの上に彼がいた。丸まった彼の背中。暗闇の中でも認識できるほど、彼の身体は小さく揺れていた。薄く発光した右腕が、ぎゅっとシーツを手繰り寄せる。妖艶に色付いた唇から熱い吐息が後から後から零れ落ち、くしゃくしゃに寄せられたシーツの上に忙しなく弾んでいた。
鼓動が一気に早まった。動揺した。情けないほどに。
彼は自慰をしていた。
やっとの思いで、俺はその場から逃げることに成功した。


理解が出来なかった。
俺と言う存在と想いを通じ合わせていながら、俺を拒み一人で虚しく欲を処理する理由だ。理解できるわけがない。彼が何を考えているのかわからなかった。彼が俺との関係に何を求めているのかわからなかった。今自分の目の前にいる存在が何を考えているのかわからないことほど恐ろしいことはない。それが、自分が一番の理解者になってやらなければならない、愛おしい存在ならば、尚更。





翌朝、断りもなく彼の部屋へと脚を踏み入れる。ベッドの上でゴシゴシと瞼を擦りながら、不機嫌な表情を向ける彼。また断りもなくベッドに腰掛け、彼の身体を抱き締めた。



「坊やは俺と」

「?」

「やりたいって、思うか?」



彼は「思ってる」と答えた上で、「このままでいよう」と付け足した。つまり答えはNOだった。そして、



「ごめんなダンテ。アンタには申し訳ないと思ってるけど、俺とやろうだなんて思わないでくれ。アンタが嫌とか、男がダメとか、そんなんじゃなくて。ただ無理なんだ。俺にとってコレは、ひとりでスルもんなんだ。誰かとなんて、真っ平だ。」

「……ネロ」

「だから、したけりゃ女としてくれ。俺は全然、構わないから」

「────…」



その台詞を聞いた途端、頭にカッと血が上る。
大人ぶった声色で、淡々と語る彼に。俺はあまりにも大人気なく怒号した。



「───馬鹿にするのも大概にしろ!!」

「!」

「お前は俺をなんだと思ってる?お前を愛してるのに他の女とヤレだと?二度とそんなこと口にするな!俺が愛してるのはお前だネロ。お前じゃなけりゃ意味がない。他の誰でもないお前だ。お前に対する俺の気持ちを、軽く見るのも大概にしてくれ!!」



一瞬で、大人ぶった彼の表情が一変しあまりにも幼くくしゃりと歪んだ。
無理をしていたのだ。彼も。俺が堪えてきた分と同等に、或いはそれ以上に。彼は震える唇を噛み締め溢れる涙を隠すように、俺の胸に額を押し付けた。



「ご、ごめん…そんなつもりで、言ったんじゃ……」

「ああ、俺も、ごめんな」

「…その、」

「ああ」

「できないんだよ」

「………」

「なにを、どう説明したらいいのか、言葉にできないくらい、わからなくて、とにかく、理由も、自分でもわからないくらいで、」

「…ネロ」

「で、できないんだ」



アンタのことは好きだ。本当に好きなんだ。だからキスだって本当に嬉しいと思ってる。だけど、それ以上は、できない。怖いわけじゃない。ただ嫌なんだ。一人でしてると、いつも思う。気持ちいいと思ってる自分が本当に気持ち悪くて、快楽を欲しがってるこの身体が本当に嫌になって、それでも止められなくて。こんなもの、誰かと共有なんて絶対にできない。絶対にしたくない。一人で処理するだけで十分なものなんだ。だから俺は、このままでいたい。このままでいたいと思ってる。馬鹿なこと言ってるのはわかってる。アンタを苦しめてることだってわかってる。きっと、なにかの欠陥なんだ。だから、誰とも付き合わないで一人で生きていけばいいんだって、頭ではわかってる。だけど、だけど、



「だけど、アンタが…好きで…」

「ネロ」

「だから、アンタなら、わかってくれるんじゃないかって…」

「ネロ、わかったよ」

「え?」



なにがわかったと言うのだろうか。正直、一切わからない。愛しているなら抱き合えばいい。恥ずかしい姿も情けない姿も晒し合って、受け入れて、親密になって、唯一無二になっていくのではないか。それが普通の付き合い方ではないか。そうだ。それはあくまで、俺にとっての普通なのだ。彼にとっては普通ではないのだ。ならば何故、俺の普通を彼に押しつけなければならないのだ。
こんな台詞をよく耳にする。「こんな人だとは思わなかった」「こんな人だと知っていたら好きになんてならなかった」なんて非道な暴言だろうと思う。受け入れがたい一面が発覚したとしても、その存在そのものを愛したのならば“こんな一面もあったのか”と受け入れられるのではないのだろうか。
それこそが、愛とやらの成せる業なのではないだろうか。



「ネロ、わかったよ。このままでいよう」

「………マジで、言ってんの?」

「ああ、その代わり約束してくれないか」

「?」



セックスなんてものは多々ある愛情を示す手段の内のたった一つであって、目的ではない。セックスをするために彼と付き合っているわけじゃない。俺の目的は、ただ彼と愛し合うことだ。その目的を果たすために、いったい何を惜しむ必要がある。
一月、彼の隣でそうやって過ごしてこられたのだ。ならば、一月も一年も一生も、まあ恐らく、そうやって過ごせるはずだ。



「俺にお前のハジメテをくれないなら、一生、誰にもあげないでくれな」

「……うん、わかった。約束する。絶対に守るから」

「ああ、愛してるよネロ」

「俺も、ダンテ」



………偉そうに言っておいて、正直本当にこのままでいられるのか100%の自信があるわけではないが。どちらにしろ、彼の最初で最後の男が俺であることに間違いはない。







end.



とか言って黒様とかにあっさり坊や食べられちゃったりすると面白いんですけどね(´∀`*)←鬼めww
(15/0926)

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -