そして翌朝、君は何食わぬ顔で昨晩の話の続きを促すのだ











ベッドは広い方がいい。
両手両脚を豪快に広げて、右に左に好きなだけ寝返りを打てた方が清々しい夢が見られそうだ。正直な話をすると誰かが隣にいないと眠れない、なんて時期もあったのだが。そんな甘えたことを言って女を落としていた時代は遠に過ぎた。
そんなことを考えながら寝返りを打とうとした矢先。こん、と腕に堅いなにかが当たる。すー、っと静かな寝息を立てて眠っている白い子どもだ。瞼の縁をびっしりと埋める長い睫毛も、カサカサに乾いてしまった桃色の唇も、残念ながらこちらには向いておらず。子どもは俺に丸めた背中を見せて眠っていた。目が覚めた瞬間に彼がこっちを向いているか否かで、ここまで気分に影響が出てしまう事実に思わず舌打ちをする。


彼がここで寝泊まりをするようになってから、彼には専用の部屋とベッドを与えたはずだった。しかしいつからか、こうして二人同じベッドで寝るのが当たり前になっている。このベッドは大人一人ならば十分な広さを誇るが、サスガにガタイのいい男が二人で寝転がるには自由がきかない。彼がOKを出してくれればの話だが、そろそろ新しくて広いベッドが欲しいものだ。目覚めた彼のご機嫌次第で二人で仲良くショッピング計画を提案してみるのも悪くない。



「……………」



なんて、これからもずっと二人で同じベッドを使うことを前提に考えている自分に、思わず溜め息が出る。約束された関係ではない。むしろ今の自分たちが恋人同士であるかどうかも怪しい。約束など、していないのだから。
彼は言った。「俺はアンタのことが好きだけど、アンタと恋愛をする気はない」と。「もういいや、と思ったら隠さずに言ってくれ。俺は黙ってここから立ち去るよ」とも言った。ガキのクセに大人ぶった物言いだった。俺の性格を汲んだ上での気遣いだったのかもしれないが。付き合う云々の話に持って行く前に、距離を置かれてしまったのだ。これほど身動きがとれない状況はない。
見ているだけでは触れられない。触れてしまえば離れていく。そんな彼の勇気と臆病が、俺の意見を無視して今の距離を確立してしまったのだ。



「……ガキのクセに」



そうだ、彼はまだまだ子どもだ。故に、“これから”のことを考えずにはいられない。
彼は俺と通じる上で俺の負担にならない心地良い距離を演出しているつもりなのだろうが、それならば余計なお世話である。年長者である俺がガキの勘違いを早々に打開して、この有り余った広い心で彼のガラスのハートを押し包んでやるべきだ。
しかし。そうでなかった場合。俺が彼の負担になっている場合だ。俺が距離を縮めようとすることによって、彼の心情と将来に悪影響を及ぼしてしまったら。彼を困らせてしまったら。彼が俺との“これから”をミジンも考えていなかったら。結果は若い恋人を手に入れて有頂天になっている中年の独りよがりで終わってしまうのだ。


それを確かめる勇気が、俺にはない。
彼が半分の勇気を振るって俺に触れてくれたように。俺には彼のために振るう勇気が、俺に触れてくれた彼の手を離さない勇気がないのだ。



「…………………」



この際だ、彼の心情など気にせずに、先に自分の気持ちを整理してしまうのも良法だ。俺自身が彼と“これから”どうなりたいか、だ。
お互いに好き合っている二人が考える“これから”の先にあるのは当然、結婚と言う二文字だ。“後戻り出来ない感ハンパない大人の行事トップ3”に確実に食い込んでくるアレだ。しかし俺たちのような歪で中途半端な存在が、一丁前に籍を入れて夫婦になると言うのはどうもイメージがつかない。単純に、二人で同じ屋根の下生活をともにする、と言う関係で納まってしまうのも悪くない。しかし、しかしだ。そのままではどうも、軽いのだ。あえて重くする必要などないが、なんと言うか、そう、無責任だ。いやしかし。まず責任とはなんだ、と言う話にもなる。
世の中の男たちはいったいどのようなタイミングで結婚と言う考えに至るのか。世界でたった一人の俺の女を一生涯守り抜く。要は男としての責任を果たすと言う覚悟をもって結婚に臨むことができればそれは感心だが。皆が皆、そんなに潔くはないだろう。もういい歳だから、世間の目もあるから、いつまでも遊んでいられないから、そろそろ大人になろう、腹を括ろう、型に嵌ろう、仕方がない、結婚しよう。そんな都合と時期を理由に結婚に至るケースも少なくないと思うのだ。
そう思えば、俺と彼にはそんな都合など関係ない。必要もない。俺と彼の間にある愛情は、カタチで表現できるものではないのだから。



「………ま、いっかぁ…、このままで」



こんなに純粋で美しい若者を傍に置いて、先のことを考えないなど無責任だと言われればぐうの音も出ないが。それならば、後先考えずにこんな中年にくっついて離れないこの坊やもよっぽど無責任だ。
今はきっと、このままでいい。結果的に坊やを悲しませなければいいだけの話だ。臨機応変だ。俺は融通だけは利く男だ。彼が望むならば、どちらでも構わない。


ネロ、お前はこれから、俺とどうなりたい?


その答えを確かめる勇気が、俺に備わるまでは。


こん、と。堅いなにかが俺の腕に当たる。
ふ、と我に帰ると、そこには。
瞼の縁をびっしりと埋める長い睫毛。カサカサに乾いてしまった桃色の唇。透き通るような薄い色の頬。くしゃくしゃになった前髪。あまりにもあどけない、無防備な彼の寝顔が、視界いっぱいに映し出された。
彼とこれからどうなりたいか。そんなこと、このベッドの上で初めて彼にキスをした瞬間から決まっている。
俺は、これからもずっと、ずっと。このベッドの上で、彼の寝顔にキスがしたい。



「………ネロ」

「………」

「ネロ」

「……んー…」

「お?起きたか?」

「ん………あさ…?」

「いーや、まだまだ夜だ」

「ん〜〜〜」

「ごめんな、起こして。なあ、ネロ」

「………ぅん?」






「俺と結婚してくれないか」






「ん…?別に……いいけど…」






「……………………………」

「うー…、ねむ…」

「ッ!!??…は!?ね、ネロ、今なんて…」

「ん〜〜〜……」

「ネロ?え?い、いいのか!?なあ!?」

「……………………スー…」

「ネっ…」



…………どっちだ!?
意味をしっかり理解した上でのイエスだったのか?それとも寝ぼけて適当に相槌を打っただけなのか?いったいどっちなんだ!?
一瞬にして顔面が汗塗れになってしまった俺などお構い無しに、すっかり顔を枕に埋めてしまった彼。好き勝手な方向へ跳ねる銀糸をかき上げて、彼の横顔にキスを贈る。俺は明日の朝、いったいどんな顔をして彼に話を振ればいいのだろうか。まずい、心臓が、うるさい。胃が痛い。いや肺が痛い。明日まで保つだろうか。ああ、神様。もう一度俺に勇気をくれ。
細い寝息を通す彼をしっかりと抱きしめながら、まるで明日は待ちに待った遠足で雨天が気になって眠れない子どものような心境のまま、頑なに瞼を閉じた。


目覚めた彼のご機嫌次第で二人で仲良くショッピング計画を提案してみるのも悪くない。
しかし買いに行くのはベッドではなく、指輪であってほしいと願って。









end.



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