二度と触れることはないと誓ったはずのその身体を








差出人は、あの美しい街で出会った少女だった。
あの街をそのまま人の形にしたような、そんな、美しく、慎ましく、愛らしい少女だった。
そんな彼女をそのまま連想させるような、そんな、上品なベージュに白い花のモチーフがあしらわれた封筒。何度も開封した封筒の中身をもう一度確認する。まるで少女の声が聞こえてきそうなほど、美しい文字と言葉が綴られている手紙だった。手紙、と言うよりは招待状のようなものであったが。



「坊やからじゃなくて残念だったわね」

「残念?誰が残念がってるって?」

「そうね。むしろ、ホッとしてるのかしら」



彼女らの故郷、フォルトゥナの復興記念に祝典を催すそうだ。招待状の内容は、対した歓迎はできませんが、是非、無事復興した私たちの都を見て頂きたい。改めて、ご感謝を。などと記されていた。
あの街のように美しい、美しい少女と。あの街とはまた異なる美しさと、気高さと、強さをもった少年を育てた城塞都市フォルトゥナ。
二度と見ることはないと、関わることはないと誓ったのは、一年前のことだった。



「俺はパスだ。お前一人で行ってこい。そして新鮮な魚でも野菜でもたらふく食わせてもらってこい」

「いやよ、一人でなんて。拝まれるのも怯えられるのもごめんだわ」

「じゃあ帰れ。営業妨害だ」

「……………」



男の手から放られた封筒を空中で掴んで、オッドアイの女、レディはわざとらしく溜め息を零す。無精髭をはやした男、ダンテの目の前に封筒をパタパタとチラつかせてから、レディは封筒を男の懐に押し込んだ。強引に形を変えられた封筒は、クシャ、と音を立てて泣いた。



「ネロと会わなくていいの?って、私は聞いてるつもりなんだけど」

「……………」

「その招待状、あのお嬢さんの独断かしら?」

「……………」

「あの坊やが、知らないわけないと思うんだけど」

「……………」

「坊やが、アンタを待ってるとしたら?」



彼との、ネロとの縁を切ったのは、一年前。二度と会うことはないと、関わることはないと、そう誓ったのは、一年前。
あの時のことを思い出すだけで、今朝食べたものが全力で胃から口内へと戻ってくる。まるで、あの子を救えなかった分際で、なにを生きようとしているのかと言うように。



「……今更、どのツラさげ、て」

「…………」

「俺は、」

「…………」

「俺は、ネロが、悪魔に犯されてるときに……呑気に酒飲んで笑ってた男だ」

「……」

「ネロが、ネロが泣きながら、助けを求めているときに、大口開けて眠ってた男だ」

「……」

「今更、どのツラ下げてアイツに会いに行けって言うんだ」

「……そう、ね」





ネロは、故郷の復興が進み、形を取り戻しつつあった頃、不意にダンテの事務所に現れた。彼曰わく、出稼ぎとのことだ。しかしそれが口実でしかないことに、ダンテはすぐに気がついた。そして、それが気づいてはならない気持ちであることにも、すぐに気がついたのだ。ネロはダンテのことを尊敬し、慕い、そして深く好いていた。
ダンテにとってネロは、かわいい子どものようなものだった。愛しい家族のようなものだった。その愛情は、長く家族と言う存在と触れ合うことのなかったダンテの胸に、掛け替えのないものとして深く募っていったのだ。
もっと愛していたい。彼の望むままに、深く、愛を注いであげたい。友人と言う関係でおさまることができたなら、どれだけよかっただろうと思う。しかしお互いの気持ちがそれを許さず、水面下で強く想い合いながら、溢れる気持ちを抑えつけて生活を共にしていた。彼の街が無事復興を遂げるその日まで、と。


悪魔狩りの仕事にネロは率先して出向いていった。
できることなら一人では行かせたくない。それなりに場数を踏んでいるとは言え、彼はまだ子どもだ。万が一のことがないとは限らない。しかし、ネロの表面上の目的は故郷復興のための資金稼ぎである。あくまで自分の力で、と言うのがネロの意地だった。ダンテがついてくることを頑なに拒むのだ。下手に時間を共有したり、協力し合えばそれだけ距離も縮まってしまう。感情に歯止めが効かなくなってしまう。そう思っての、拒絶だったのかもしれない。ダンテも無理に同行することはなく、ネロが無事に帰ってくるのをやんわりと待っていただけだった。


そんな生活が一年ほど続いた日。
珍しい酒が手に入り、ネロが帰ってくる前に飲んでしまおうなどと浮かれていた日。
帰りが遅いことに大した心配もせず、そのまま眠りについてしまった日。
ダンテの目を覚まさせたのは、激しく鳴り響く電話だった。












リリリリリリリリリリリッ



「あー、うるせぇな、DevilMa…」

『っ…!!ば、バカッ!!なに呑気に電話なんかに出てんのよ!!』

「あ…?レディ?レディか?」

『今すぐ、今すぐ来なさい!今すぐに!!』

「おい、なんだ?レディなのか?いったい」

『ネロが……、ネロがッ!!』

「……!!?」









ネロが悪魔に襲われた。
酷い怪我だった。
酷い状態だった。










「あの時は、ネロを保護してくれて、本当に感謝してる」

「何度も聞いたわ」

「……………」

「………あのお嬢さんを幸せにできる男なら、きっと坊や以外にもいるでしょうね」

「………」

「けど、アンタを幸せにしてくれる存在は、きっともう、あの子しかいないわ」

「それを言うなら、坊やを幸せにできるのはあのお嬢ちゃんだけだろう」

「………」

「俺は無理だ」











ネロは酷いショックを受けていて、意識が戻った後も暫く、怯えて、触れようとしたダンテの手を何度も拒んでいた。触るな、あっちへ行け、と泣きながら。
ただ悪魔に敗北して、怪我をしただけならこうはならなかっただろう。彼の身体には、酷い拷問と、陵辱を受けた痕跡が深く刻まれていた。酷いショックを受けていた。もう、見ていられないほどに。
ハラワタを、内側から食い破られていくような気分だった。頭に鉄の棒を突き立てられて、ぐちゃぐちゃにかき回されているような気分だった。最低の気分だった。
ネロが負った苦痛は、この程度ではないのだろうと考えただけで、腹から湧き上がる灼熱を抑えることができなかった。


そしてネロは、動けるようになってすぐ、ダンテの事務所から姿を消した。
数日後に、荷物の郵送を依頼する手紙が届いたきり、ネロの痕跡はダンテの前からキレイさっぱりなくなった。


ネロの気持ちを理解してしまったからこそ。自分の気持ちを理解してしまったからこそ。ダンテはもう二度と、ネロと会わないことを誓った。







「アンタみたいな間抜けで腑抜けで不器用でどうしようもない男と、坊やみたいな薄幸で不憫でかわいそうでどうしようもない子が」

「……」

「最後に幸せになれないなんて、おかしいでしょ?」

「……………」

「アンタみたいな最高に不幸な男が不幸のままで終わるような世の中のために、私は悪魔狩ってるわけじゃないの」

「……………」

「アンタもそうでしょ?」

「………」

「ネロみたいな子が幸せに生きてくために、生きてるんじゃないの?」

「……ああ、そうさ、そうだ」

「………」

「それで?俺になにができる?無理矢理にでもアイツを俺のものにしろって言うのか?ああ、したかったさ。ずっと俺のものにしたかったさ。でもしなかった、できなかった。アイツのことが好きだった。好きだったさ。でも、今更、今更なんだよ。もう無理なんだ。わかるだろうが」

「………」

「今更、今更俺がアイツを愛したって、アイツのトラウマを抉り返すだけだ。アイツを………泣かせるだけだ」

「……………」

「もういいんだ。もう、アイツの泣いてる姿なんか見たくない。傷ついてる姿なんか、苦しんでる姿なんか、見たくないんだ」

「………」

「だから、もういい」

「…………」

「…………」

「……アンタがよくても、ここに、よくない子がいるの」

「…………!」



その言葉の意味を、理解できずに顔を上げる。
ギィ、と遠慮がちに開かれた扉から覗く、スラリとした脚と、白く長い指と、ふわりとした銀糸をすっぽりと覆う、フード。
信じられない。



「ね、ネロ……?」

「ダンテ」



立ち上がり、駆け寄って、フードを剥がす。
顔色は、とても健康的とは言えないが。それでも相変わらずに美しい、青い瞳の青年。



「な、なんで、お前が……」



瞳をぐらぐらと揺らす目の前の男に、ぎこちなく唇を歪めて、青年は笑みを作ってみせた。
なにも変わらない。仏頂面に時折浮かぶ、あの不器用な笑顔。
愛して止まなかった、愛しい子の姿がそこにあった。



「また、出稼ぎにきた」

「おい、復興は、終わったんだろ?」

「いや、生活費は、必要だから」



ギク、シャクと本当に聞こえてきそうな二人の空気に痺れを切らせて、レディがヒューと指笛を鳴らした。鬱陶しく思いながらも背中を押された気分になり、ダンテはまだ半信半疑のままネロの両手を取った。



「聞い、てたのか?」

「うん」

「全部?」

「うん」

「その………だな、」

「…………」

「俺はまた、お前を傷つけるかもしれない」

「じゃあ…」

「……………」

「傷つけないよう、努力するって方向で頼むよ」

「……この、悪ガキめ」



もう手遅れだと思っていた。なにもかもが遅すぎたと思っていた。それでも彼は、待っていてくれた。
こんな、どうしようもないほど間抜けで腑抜けで不器用な、どうしようもない男を、待っていてくれたのだ。
そんな彼の気持ちに、今答えないでどうする。


握った両手をぐん、と引き寄せて、二度と触れることはないと誓ったはずのその身体を、二度と離すものかと強く強く抱きしめた。
















後日。



「ありがとなレディ。坊やを連れてきてくれて」

「別に。私は坊やの依頼を引き受けただけよ。アンタがあの招待状見た時点でフォルトゥナに向かってくれれば一番楽だったんだけどね」

「お前が金にならない仕事をするとはな。まさか、坊やに惚れてるんじゃないだろうな?」

「馬鹿言わないで。悪魔に惚れるとか冗談じゃないわ。それに、ちゃんと報酬はもらってるから。ほら、ここに誓約書が」

「………なに?」

「あなた達二人が揃えばこなせない依頼なんてないでしょ?だから、これから受ける全ての仕事の報酬の三割を私の口座に振り込むこと」

「な、」

「坊やは報酬の五割は故郷に送りたいって言ってたし。あ、報酬と借金はまた別だから、毎回一割くらい私への借金返済に当ててもらうわ」

「…………」

「じゃ、かわいい我が子のために頑張って働きなさい、ダディ」

「あ、悪魔め………」










end.




ネロネロにいやんなことした悪魔はまあ言わずもがな黒様でしょうねww
ネロネロとキリエちゃんとレディの三人でダンテ誘導作戦を考えている姿を想像すると萌えてきませんか←

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