ん?と遊戯はシーツの上で首を傾げた。
さっきから唐突に視界が倒れ、自室の白い天井が見えている。
一瞬ぼんやりしてしまったが、やっぱり寝ぼけてこうしているのではないようだ。目の前のかなり切羽詰まった顔をした遊星に、自室のベッドの上に押し倒されていたから。
しかし、遊戯がいくら直前までの会話を思い出してもどうして押し倒されるのか見当がつかない。なので遊戯はちょっと困った顔を向けた。
すると何故か遊星も形のいい眉を潜めて困ったような顔をする。
押し倒した方に困られるとますます困るなぁと遊戯は思った。しばらくふたりで困って無言で見詰め合ったが、やがて気をとり直したのか遊星がギュッと掴んだ遊戯の二の腕に力を込める。
「…遊戯っ、」
「ん、どうしたの?」
真剣な目で見詰めてくる遊星を大きな瞳で遊戯が見詰め返すと、遊星の頬に朱が差した。
「アンタは、」
「ん?」
「……いや」
「遊星君?」
「………」
遊戯の家の近所に住む遊星とは彼が幼い時からの付き合いで、口数が少なく大人しいタイプだった小さい頃の遊星はその時はまだ学生だった遊戯によくなついてくれた。
「え?このプログラム遊星君が作ったの?」
「ああ、だけどまだシサクダンカイだ」
遊戯の家に入り浸っていた彼は遊戯が習っている学問やパソコンに興味を示したりと変わった子供で、遊戯が軽い気持ちであれこれ教えると次々に覚えて遊戯を驚かせた。
「凄いよ!大人がやってもかなり難しいのに…よくできてる。やっぱり遊星君は頭がいいんだね!」
「…そうでも、ない」
小学生が出来るレベルではないプログラムをあっさり自作するくらい頭がよくて大人びた遊星も、遊戯が誉めると年相応に照れた顔をした。
興味のあることやよく一緒にやったゲームに熱中する所は遊戯が知っている普通の子供と変わりなく、遊戯は実家の玩具屋にやってくる近所に住む子供の中でも一番遊星を可愛がった。
昔はよく「大人になったら遊戯をおれのお嫁さんにする」と言っていたのも懐かしい。
やがて高校生になった遊星は得意の分野を活かして情報科の高校に進んだ。大きくなった今でも、忙しそうにしていても遊戯の家にはよく遊びにきてくれる。
毎日勉強で忙しいのではないかと心配する遊戯に、遊星は僅かに細めた目で「気にするな」と言った。
外見は中学の時から急激に背が伸び出して、今では成人している遊戯よりずっと長身になっていた。弟のような遊星の成長は嬉しいやら悲しいやらだが、遊戯にとってはいつまでもかわいい遊星君、のままだった。
ままだったのだが。
(どうしたのかな…)
今の状況は今まで彼と付き合いのあった数年でも初めてのことだ。それに遊星は何故か遊戯をベッドに押し付けたまま固まっている。
真っ赤になっている遊星を見上げて遊戯は、そう言えば、こうして遊星とくっつくのもかなり久し振りのことだと気付いた。
彼が小学生ぐらいまでは抱き上げると無言で甘えるようにぴったり身を寄せてきてくれるのがかわいくて嬉しくて、事ある毎に抱き締めていたのだが成長した遊星はいつからか遊戯に触れるのを一切避けるようになった。
理由は分からないが例えば手渡そうとしたコップを取ろうとして触れた指に過敏なほど反応したり、あまり近くに寄るのを極端に気にするようになったりだとか。
気が付いた当初は遊星ももう大人なのだからと遊戯も気を付けるようにした。
「あっ!そっか!」
「!?」
納得したように突然叫んだ遊戯はぽすりと自分と遊星の体制を反転させた。
今度は自分がベッドに押し付けられる番となった遊星はバッと音が聞こえそうなくらい、更に顔を赤くして目を白黒させた。
当の遊戯は申し訳なさそうな顔で目を伏せる。
「ごめんね、遊星君」
「な、何を…っ」
「ずっと具合悪かったの?撲、気が付かなくて…。眠りたかったら遠慮なく言ってくれればよかったのに」
「……は?」
「技術系の学校って忙しいって言うもんね。でも僕の前では無理しなくていいんだよ?」
思慮深く何度も頷く遊戯に遊星の擬態はとっくに解けて今は心底呆れた目を向けてくる。
あれ、はずした?と遊戯が気付く頃には苦悶に顔を歪ませて、前髪をぐしゃりと散らした。間違えたことがかなり気恥ずかしくて遊星の上から退こうとすると「待て」と制止がかかる。
「退かなくて、いい」
「でも重いから」
「重くない」
反論する遊星は少しむっとしたように見える。
「でも体調…は別に悪くないの?」
「ああ」
「じゃあちょっと待って、」
もぞもぞと移動してなるべく苦しくないように体重を掛けず遊星の胸から下に下がる。それに合わせるように彼も状態を起こし、遊戯を膝の上に乗せる形で落ち着く。
これでは昔と逆だ。
遊戯はいつかのように遊星の成長を喜んだり落ち込んだりしながら遊星の腕の中で大人しくした。
やや遠慮がちに腰に添えていた腕は遊戯の体に回されて力を込められている。
手も年上の自分より大きいんだと絶望しそうになって何とか親心で感動へと昇華させた。成長した子供が親の背丈を抜かしてより大きくなるのは喜ばしいことだ。
別に遊戯の子供ではないが。
「本当に大きくなったよねぇ」
「どうした、急に」
「何だか高校生になってまた伸びたみたいだなって思って」
「そうか?」
「うん、かっこよくなった」
「……そうか」
声に先程より落胆が含まれている。
遊星は腕は遊戯の体を抱き締めたまま床に視線を落とした。
初めて会ったときから特別に感じていた。きっと一目惚れだった。
近所に住む年上の遊戯は、それくらいすんなりと遊星の心に入ってきた。当時は学校や近所の同年代の友達と同じくらい遊戯と会っていた覚えがある。
よく一緒に居る年上の人のことを同い年の友人にどんなに聞かれても遊戯のことを話す気にはなれなかった。
その時はまだ遊戯も学生で、情報系の科目を専攻しているのかよくパソコンに向かっていることが多かった。
彼がやっている内容に興味があったのと遊戯がそれで何かしているときは遊星が入り込めない空気だったので、少し悔しくて自分にも教えて欲しいと申し出た。
初めは驚いていた遊戯も、すぐに笑って丁寧に教えてくれた。彼の教え方が上手いのもあったと思うが、自分も相当必死だったのか向いていたのか割と順調に覚えて行ったと思う。
ちゃんと出来た時の遊戯の驚いた顔を見るのが好きだった。何より素直に褒めてくれるのが一番嬉しかった。
当分は遊戯に打ち明けるつもりはないが、今の学校に進んだ理由だって将来彼と同じフィールドの仕事に就きたい思いが大きかったからだ。
突き詰めて考えてみる必要もなく、まだほんの小さな頃から追いかけてきた遊戯をはっきりと好きなのは分かっている。
遊戯と長い時間を過ごせたことは遊星に自分の境遇を度々感謝させた。
しかし問題は、遊戯からすれば近所に住む後輩か弟か何か、の範囲から一歩も出ないことだ。
思い切って遊戯に遊星を意識するように努力すれば嫌でも嫌われるか、関係が動くかするかと思えば結果は惨敗だ。
押し倒す、なんてらしくもない短絡的な行動に走るのではなかった。
(俺は、けだものにはなれない…)
紫の両の瞳を見つめていれば気持ちが伝わるのなら苦労はしない。
ついにはベッドの上でゆったりしてると眠くなるよねー、と遊星の膝からおりてさっきまで隣の高校生によって押し付けられていたシーツの上をごろごろ転がり出す。
マイペースな外見年齢不祥の年上に遊星は頭を抱えた。
獣の道に沿って行け
少年チラリズム
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2011.04.22