大粒の雨がぼたぼたと音を立てて落ちていく。
本格的に暑くなり始める季節の雨は温く、立っているとまるで湯気が漂ってきそうな熱風の中に居るようだ。
あまりの土砂降りで宿舎前のグラウンドは荒れに荒れ、当然外に出ている者は居る筈もない。
…筈なのだが。


「……おい、キャプテンさんよぉ」

イナズマジャパンチームではミーティングの時間になっても肝心の円堂が居ないと言うから、何故か日本代表総出で探しに行くはめになり(しかも何人かは自主的にどこかにダッシュでいなくなっていた)、

誰かがお前は二階を探しに行けと言うので無視して遠くの砂浜まで行ったらやはりそこにいた。
意外とあのやたら円堂に構ってる連中は解ってない。
このサッカー馬鹿が特訓できる場所以外に行く所なんてないだろう。

あと他にあるとしたら他国のエリアぐらいか。イタリアだのアメリカだの何だの。呼ばれたら何の警戒もなく一人でホイホイ敵地まで赴く。
それがわかってて迎えに来る外人達も忌々しい。最近の頻度に不動としては、とっくに敗退したとは言え海外のサッカー練習はそんなに暇なのか?とでも言ってやりたくなる。


当の本日の円堂は今まで特訓でもしていたのか、片隅に植えてある大樹の下で砂だらけになって倒れていた。
一瞬、背中がひやりとしたが、よく見るとこちらに背を向けている肩が上下している。

しゃがみ込んで顔を覗いてみると、目を閉じて安らかな顔ですやすや眠っていた。サッカーボールはしっかり抱き締めて。


「……チッ、」

人が総出で探してるのに本人は夢の中だった。

本来は自由時間や就寝時間にあたるときでも自主練習に出掛けていく円堂を見咎めて、やり過ぎてどこか痛めでもしたら洒落にならないからと、
次の試合までは全体練習以外はしないようにと前の練習のとき監督に言われていたのに案の定だ。
…さっそく破ってんじゃねーよ。



「どうすっかな、こいつ…」

見付けたはいいが、何をどう特訓したのか荒れ始めている灰色の海の土と砂まみれで触るのが憚られる。
あの円堂シンジャのような奴らを呼んで中まで運ばせるか、叩き起こすか。

とりあえず円堂を起こそうと汚れていない方の肩を揺すろうとすると、寝ている円堂が小さくくしゃみをした。



「馬鹿か、上着……クソッ、」

舌打ちし、自分のウィンドブレーカーを脱いで乱暴に円堂の体に被せる。どうせ海外の雨で濡れた上着だ。今更泥やなんやらが着いた所で変わりはしない。
半ばやけになると、そんな勢いで円堂を背に担ぎ上げる。なかなか起きない円堂に眠っているのを承知で小さな声でひとりごちる。お前のせいでジャージまで汚れた。潮臭さまでする。お前の服なら起きて風呂で洗え。つうか、俺のも洗え。


「……あちぃ」

背から伝わる円堂の体温が睡眠中だと言うのにやたら高い。子供体温か。ただでさえ外は暑いわ雨は降るわで、完全な貧乏クジだ。湿った砂に濡れて重みを増したズボンの裾が不快になる。

円堂と会ってから、こんな事ばかりだ。
人がせっかく利用しようとした影山の真帝国チームを打ち倒してぶち壊されて。いちいちあの河原まで追いかけて来てキャラバンに誘ったかと思うと次は日本代表で一緒にサッカー、だ。
円堂に関わる度に、冷静な筈の心が妙に波立つ。いや、そんな物ではない。全身が生温い雨に打たれたような気持ちの悪さを感じる。まさに今のような。

円堂の正論ぶった言葉が、あまりに真っ直ぐ見られると居心地の悪くなる瞳が、まとわりついて重たい。
好きで面に出て濡れに行く人間はいない。
しかし嫌がおうにも当たって、払いのけられない。
何度も何度も言葉や態度で拒絶しようと、止むことはない。


「テメーは、なんでそうやって…」

雨音に混じって寝息を立てる円堂は、今まで見たキーパーの中でも低い部類の背に見合った、やや心許ない体だった。
何故こういうことになったのかは自分でも疑問だが、たかが自分と同い年の男の体重を担ぐのに根を上げる程やわな筋力は持ち合わせていないつもりだ。
しかし、今自分に背負われた円堂はあの時不動が打たせたシュートを止めたのが意外だった。日本代表戦だって試合中や不動に信じると言ってきた時はもう少しくらい、


「…ふん、」

思考を無理矢理止める。あの円堂を背負っているのも泥だらけになるのもずぶ濡れになるのも。
みんなこいつのせいだ。らしくもない今まで考えた事もないものが頭の隅を占拠するのも誰かと馴れ合うのも、みんなみんな。
生温くて不動には不快なのだ。辛いほど不快で仕方ないのに。



「辛すぎて泣きてーんだよ、コラ」


似合わなすぎる何もかもが苦々しすぎて、顔が歪む。
ジャパンエリアの敷地を踏んだ後も上から落ちてくる雨は止まず、緩まず、草の上で固まって留まっていた砂をなだらかに流していく。
この砂はいつかあの海まで至るのだろうか。

建物の扉を開け放ったときに不意にずり落ちそうになった円堂を、口を衝いた言葉とは裏腹に両腕でしっかりと背負い直した。



どうしても世界は俺を不幸にしたい

2011.04.12
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