ふわふわと落ち着かない心臓と視線を、どうにか抑えてバス停に近付いた。前を意識しているのに気付かれたくなくて顔が上げられない。
何気なく前を向いて今見つけたフリをして、笑顔で挨拶をするのを何度もイメージする。あまり早いと変に思われるだろうか。
あと少し。あと少し。



「遊、星くんっ!」

失敗した。
妙に声が上擦った呼び方になってしまった。童実野高校前行きのバス停の側に立つ彼が声に気付いて遊戯に目を向ける。


「………」

「あ…あの、おはよう……」

「…ああ、」

描いていたイメージとはかけ離れたあまりにぎこちない流れにはじめからやり直したい気持ちで一杯になるが、今は押し込めて、一瞬彼との間隔について迷ってから遊星の隣に立った。



「登校時間、早いんだね」

「…そうか?」

「えっと、今日も寒い…ね」

「ああ」


お互い制服の上着の前をきっちり閉めてマフラーを巻いていても吐く息は白い。真冬に差し掛かる今朝は天気が曇っていて更に肌寒かった。
無口で自分からはあまり喋らないが、こちらから話しかけると口数は少なくともちゃんと返してくれるのが嬉しい。
遊戯は少し喋っただけで外気で冷たくなった唇を結んで、隣をそっと横目で見る。


不動遊星。
遊戯が購買で一人で買い物に来ていたときに、順番がどうので絡まれかけた3年生達から一度助けられたことがある。
あまりに堂々とした物言いに遊戯はてっきり同じ上級生かと思っていたのに、遊戯よりも年下の1年生だとわかったときには驚いた。

それがきっかけで校内で遊星を見かけたら声をかけていたが、まだきちんとお礼を言えていなかったりする。
しかし実はもうそれなりに前のことで、何となく切り出しにくい。遊星はもうとっくに忘れているかもしれない。

そう言えば学校の外で会うのはこれが初めてだ。そこで、ふと気付く。



「何だか、ひとりでいる遊星君って初めて見た気がするよ」

「何がだ?」

「ほら、いつも学校では必ず友達と一緒に居るから」


何度か彼の姿を見かけたときも大勢だったりそうじゃなかったり、彼の友達と居たのを覚えている。
名前も知らない遊戯をわざわざ助けてくれた遊星だ。優しくて人からの人望も厚いのだろう。
そのときも3年生達を追い払った後で仲間らしき人達に呼ばれてすぐ行ってしまった。遊戯もまた自分を探しにきた同じクラスの城之内に教室に引っ張られて行ったが。

言ってしまってからはっとした。
顔見知り程度だと言うのに、これでは遊戯が遊星をいつも気にして見ていることが彼にわかってしまうだろうか。

また失敗したかと内心慌てていると、今度は遊星から静かに言われた。



「アンタも、珍しいな」

「えっ?僕?」

「あのときもアンタのことすぐに助けそうな奴らが居なくて、変だと思った」

「………そう、かな」

「ああ」



遊星は変わった様子もなくバスが来る方向を見詰めていたが、遊戯はそれどころではない。
ぶわ、と体温が上がる。
遊星も、覚えていた。あのときのことを。何かすごいことが起こった訳でもないのに口元がゆるむを抑えるのが難しいくらい嬉しい。
何だか、今すぐ大声出してそのへん走り回りたい。いやいや駄目だそんなことしちゃ。



「…乗らないのか?」

「はっ!」

遊星に声をかけられて我に返ると、いつの間にきたのかバスが停車していた。もう既にステップまで乗り込んでいる遊星に怪訝そうに見られて、遊戯は顔が熱くなるのを感じた。


「あ!ぼぼぼぼ、僕ここでともだちを待たないと!さ、先に行って!引き留めたりして、ごめん、ねっ……!」

「………そうか」


「…えっ?」


今度こそ頭がちゃんと冷えたときには、遊星もろともバスははるか遠くを走って行った。



唇で嘘をつこう
(うそつきうそつきうそつき!)



バスの車内で振り返る影がひとつ

「……一緒に行く奴、居たのか…」

気付かなかったふりをして無理矢理乗せればよかったなと、遊星は惜しい気持ちで窓の外を見た。



sting
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2011.01.18
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