ゆうらり、
白い襟元で揺れるソレがやけに勘に触った。





「こんにちは、いい天気ですね。ボンゴレ」

「むっ……!?」


放課後、今まさに学校を出て学校の敷地内から外へ踏み出そうとした瞬間だった。
隣町の黒耀中の着崩した制服にぶつかりそうになった綱吉はにっこりと口許にきれいに弧を描いて笑う霧の守護者と顔を突き合わせた。

条件反射で飛び退くように後退りをしても骸が綱吉の方に足を進めたままでいるのでその距離をそう遠ざけることはできない。今度は後ろを向いて完全に骸から逃げ出そうと考えた綱吉が背を向ける前に骸は綱吉と少しばかり近い間隔を開けて足を止める。



「おや、どうしましたかボンゴレ?そんなに驚いて」

「あっ、当たり前だろ!いきなり出てきてどうして俺の学校に…!」

「ボンゴレともあろう者が何を言うんですか、僕の気配も分からない君ではないでしょうに」



ああそう言えば殺気を出さなければ気付かれないのでしたっけ、と骸はいつもの特徴的な笑い方でまた少し微笑む。
警戒してか、綱吉は一歩身を退いた。



「それで、何しに来たんだよ」

「そうですね、本題に入りましょうか。君とここで話をしていてもいいのですが……人が多くなってきましたし」


下校時間で校門にもグラウンドにも並盛中生徒で溢れていたために、他校の制服はかなり浮いているようで、更に目立つ風貌の骸に既に何人かは足を止めて伺い見ている。

その生徒達に対してのものかそれとも別の誰かに対してか、僅かに表情を歪めてから骸はまた綱吉に向かってにっこり笑う。
そして今度は踵を返して学校の敷地内の外に出た。



「骸…?」


骸の行動の意味がわからないまま綱吉は困った表情で骸の後をついて行く。
すたすた先を歩いていたかと思えば、その半歩後ろを歩く綱吉ににこりとまた笑い歩調を合わせた。
骸の行動がますます分からなくなる。



「今日はお一人なんですか、君が誰かと行動していないのも珍しいですね」

「あー…、んーまあいろいろと…」

「ボンゴレは僕が思っていたより小柄なんですね。身長何センチですか?」

「え、……157だけど…それがなに…」

「そうそう、知っていますか、覚醒作用があると認識されているカフェインには鎮痛効果があり、コーヒーを飲むと頭痛が治まる人もいるんですよ」

「だから、さっきからなんなんだよっ」



軽く声のトーンを上げて言うと隣の骸が綱吉に向き直るかたちでぴた、と足を止めた。それに綱吉もまた足を止める。

気付くと周りは学校近くの住宅地を出て駅に続く繁華街のあたりまで出ていた。


酷く困惑した様子の綱吉を見つめる骸はただ無表情だった。




「いえ、ただ君と話をしていたいと思ったもので」

「話…?」

「話です。他愛のない、意味など必要もない。………クフフ、不思議な方ですね、君は」


不思議なのはお前の頭だ!と綱吉は叫びたかった。
噛み合わない会話を繰り返すだけで骸の目的も結局まだわかっていない。
そんな骸に付き合う自分も自分だったが。



「…君にはこれを届けに来たんです。」


骸の学ランの上着から長い指で手渡されたのは畳まれたネクタイだった。
綱吉は受け取って布地に触れる。



「──なぁ、これって、うちの学校のやつじゃ…なんでお前が、むく」


顔を上げるとそこには誰もいない。既に骸が立ち去った後だった。






「なんで部外者が人の学校のネクタイなんて持ってるんだよー…」


自室のベッドで仰向けで寝そべりながら、綱吉は渡されたネクタイを広げ見ていた。
どこからどう見ても自分の学校の購買でも売られているネクタイに間違いはなく、何故かネクタイを寄越した張本人も姿を消していたのでその意味もわからない。


「届けに、って骸言ってたよな……。まさか俺のだったりして……」

いやいやないない、と浮かんだ内容を即座に掻き消す。骸がどうして自分のネクタイを入手できたかなんて考えたくないし、何より綱吉のネクタイは部屋のクローゼットの中にちゃんとある。



「じゃあ実は雲雀さんので、戦って勝った証拠に学校に叩き付けて殴り込み………」


いやいやいやいや!と頭を振ってそれもどこかへ押しやった。だんだん自分まで考えることか支離滅裂になっている。

第一雲雀がいつも着ているのは学ランだし、今日も風紀委員長として元気に違反者の一般生徒を咬み殺していた。



「なんなんだよほんとに……。」

考えれば考える程わからなくて、綱吉は枕に顔を埋めた。
そして気付く。
ネクタイから僅かに焦げた匂いがしたのだ。





「ネクタイかー、確かに妙なのなー。」


パンやらジュースやら弁当を広げた屋上で昨日のネクタイを目にした山本は素直にそう言った。
昼食の後に気になって綱吉は山本にも事情を説明したのだが、ネクタイを渡すと自分と同じように首をひねった。


「俺の周りでもネクタイなくした奴はいねーし、力になれなくてゴメンな」

「ううん、山本にも覚えがないならいいんだ。変な話してごめん」


「けどなー…他校生がウチのネクタイ持ってるってことは、誰かとケンカしてもぎ取って来た物だったりとか……はは、そんなのねーか」

「あ、ははは…」



そうしている間に昼休み時間終了のチャイムが鳴り、片付けをして山本と屋上を後にする。
階段を降りる間にひと思い出したように綱吉を見た。



「そーだツナ、今日は部活遅くなるから先に帰っててくれ」

「うん、分かった。部活頑張って」


頷くと、山本は綱吉ににこっと笑顔を向けた。



「ああ、さんきゅ」







「やあ、綱吉」

「ひ、雲雀さん…」


どこから出てきたのか、
そして今まで何に使っていたのかトンファーを携えた雲雀がにこやか(?)に話しかけてきた。

こんな見晴らしのいい廊下の真ん中で雲雀の機嫌を悪くしないようにと綱吉は本当は今すぐに逃げ出したい衝動を抑えて努めて平静なふりをしていたが、当の雲雀はさして気にした風もなくマイペースに言葉を続けた。



「最近の君、群れてなくていいね」

「え…はぁ。まぁ……」
「──この辺りも近頃物騒だから、気を付けなよ」


雲雀はガラス窓の外の放課後で空っぽのグランドを見詰めて言った。
びくびくしながら目の前の人の方が外より物騒で怖いなぁ…とぼんやり思いつつ、綱吉は素直に頷く。



「また明日ね、綱吉」


焦げる匂いがする。








「ボンゴレ、起きてます?」

「わっ!」


突然目の前の視界を覆ったのはやけに端整な顔のパイナップ……骸だった。
目前にきれいな手をひらひら振って、鞄を引っ掻けて家に帰ろうとした綱吉の行く手を遮るかのごとく立っている。

考えるまでもなくここは並盛中の校内だ。綱吉はさっと青くなった。



「お、っまえ!ど…どっから入って来たんだよ!?」

「は?どこからと聞かれても普通にあの昇降口からですが。案外ばかですねボンゴレは」

「そういうことじゃなくて!他校生が堂々と入ってくるなよ!早く出ないとこのままじゃ…」



このままじゃ、どうなるのだろう。

綱吉はこめかみを押さえた。頭から何かが抜け落ちている。言い様のない僅かな不安がひっそりと心臓の縁を浸す。
骸はそんな綱吉に構わず背を向けて廊下を歩き始めた。校舎に不釣り合いな土足の靴音が響く。


「……なぁ、外出よう。騒ぎになるぞ。こんな誰も居なかったからいいようなもの、」



誰も、いない?


今度こそはっきりと感じた違和感に弾かれたように顔を上げ周囲を見回すと、下校時刻だと言うのに校舎にも窓の外にも人の気配は皆無だった。
何かがおかしい。
思えばこの廊下を歩いてくるまでの前の記憶が脳から見当たらない。
意識が混濁し始める。
おかしい。おかしい。おかしい。

「ボンゴレ」



心臓が跳ねる。息が届く程近くに顔を寄せて骸はそこにいた。背中を打撃が襲う。綱吉は骸の肩にだらりと倒れ込んだ。



「……駄目ですね。やはり。君だけは上手く騙せない。これもボンゴレの超直感が故か」


糸が切れた人形のように四肢を止めた綱吉を横抱きにして、骸は廊下を歩く。
君と同じ布地で作られたネクタイが目障りだった。君と同じ肩書きを持つ者達に虫酸が走った。

そして髪も、肌も、眼球も。



「ふむ。歩いていて進行を阻む者が無いのは快適ですね。もっと早くにやっておけば良かった」


骸と彼が抱えている少年以外誰も存在しない街を歩く歩く。
部下のふたりは案外早い段階からもうここにはいない。

彼と同じネクタイを揺らす輩は、いない。



「やっとふたりきりですね」


ひとごろしは恍惚として笑んだ。


2010.12.26
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