ぽたり、と濡れて重量を持った前髪から落ちた水滴が乳白色の甘い香りのするお湯が張られたバスタブに波紋を作った。
遊戯をバスルームに追いやった本人は腕捲りをしてずっと仏頂面で、しかし手つきは丁寧に遊戯の頭をシャンプーで泡立てている。

そこまでしなくても大丈夫だと言っているのに、外で雨にさらされた体が冷えているからと遊戯を熱いお湯で満たされたバスタブの中に押し込めて、遊星は同じ浴室の中で服を着たまま遊戯の頭を洗っているという、何とも奇妙な状況だ。
このいい香りのする入浴剤だって、遊星が好むようなものではないのに。いつの間に用意したのだろうか。



「っ、」

頭を下げて目を閉じているように言われて、バスタブの縁に寄ると上からシャワーで泡を流される。髪の間に差し込まれる指が少しくすぐったい。
丹念にシャンプーを流すと、そばでシャワーの湯を閉める音がした。遊星の手が離れて、遊戯は顔を上げる。



「あ……」

しばらく見えなかった間は無言で、無表情をしていると思っていた遊星は思い詰めた顔をしていた。
帰ってくる道すがら、土砂降りに降られてマンションの自分の部屋までたどり着くと同時に腕を引っ張られて浴室に押し込まれたので家に入ってから彼の顔をまともに見たのは初めてだった。もしかしたらずっと前からこんなに苦しそうにしていたのだろうか。


「…急に、降りだしたんだ」

先に沈黙を破ったのは遊星だった。



「帰りを……待ってたんだ、ちゃんと。だけど雨が降りだしたのに気付いてから、駄目だった」

抑揚のない低い声がやけに湯気の中を反響した。遊星の青い瞳は伏せられている。


「傘の心配じゃない。アンタが一人なら、俺はすぐに迎えに行っていた筈だ。けど遊戯は、別の奴と居たから」


かつての同級生だった友人との、夕食の約束。
社会人になってから会うのは随分久々だった。人との付き合いもたまにはいいと、送り出された夕方頃。
テーブルの上の珍しく飲んだスパークリングワインの残り。


「目の前で雨が降ったら、そいつは遊戯をその中に帰らせたりしない………引き留めて、どこかに」

「遊星君」

「自分のくだらない考えで、おかしくなりそうだった」

「お店の外で予定より早く別れたんだよ、彼は忙しい人だから」

「…すまない、」


遊星は、きっと信じていないのだろう。
急いだ遊戯はびしょ濡れで帰ってきた。それは取るに足らない悪い想像だと言うのに、



「ん、っ」


降ってきた熱い唇で塞がれる。バスタブの中で体温が上がっている遊戯のものに何度も触れて、お互いの熱さが飽和していく。
バスタブの中身がはぜる。服が濡れるのもいとわずに遊星は遊戯の頭を抱き締めて口付け続けた。彼が風邪をひくのが心配なのに、それすらどこかにいって遊戯は遊星のシャツにしがみついた。



「…今日は、もう、ここに……いて」

舌を這わせる合間に微かな声で囁かれる言葉は切実で、呑み込まれているのにすがり付かれている気がした。
瞼のそばをなぞってくる唇が震えている。


ここってもしかしてバスタブのことかな、と場違いなことがぼんやり頭を通り過ぎる。
頷くと、腰を強く引き寄せられた。



「……好きだって、言ってくれ」


彼はそう言って、また口を深く塞ぐのだ。




バスタブの夜


*

雨の中遊戯さんと他の男が一緒に居るのを死ぬほど心配する遊星さん。
浴室でびしょ濡れで唇を這わすってなんかえろいと思っただけ。


sting
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2010.11.21
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