身を捩ると押さえ付けられた野童の巣のゴツゴツした木の表面と、伸ばされた腕が見えた。

自分を壁際に追い込んだ相手の不敵な顔が楽しげに笑う気配がして、ますます身動きが取れなくなる。
トールはせめてもの抵抗に眼を閉じて顔を背けた。


これが初めてではなかった。


野童に目を付けられたトールと弟のラーイを拾ってザギが庇護者になってから、ザギは双子に優しかった。しかしキマエラのことを教えられている内に気付く。鈍いトールでも分かるくらい明白に、他の野童の子供たちでもラーイでもなく、何故かトールに執着していることを。

ザギはトールに触れたり、こんな風に壁際に押し付けることももう何度かあって、無理矢理キスをされたこともあった。
自分が初めてそういうことをするのはいつかユノの女の子相手だと思っていた。呆けたように硬直したトールにザギは確か初めてかと聞いて、何も言えないトールを見て満足そうにそうかと言って笑っていたのも覚えている。
その後は落ち込む間もなく二度目も三度目もザギに奪われた。


──間違っている、こんなのは。

トールにはザギの考えることが分からなかった。
こうして迫られた後でも集団の中に戻ればザギは普段と変わらず他の人間と同じようにトールに接してくる。まるで何もなかったかのように。それからのトールはザギとふたりだけになりたがらなかった。ふたりきりになればまたあの不敵な顔に翻弄される。だからなるべくトールはいつも以上にラーイや他の野童の仲間と一緒にいた。

トールのそんな様子にも、彼を追い詰めている張本人の野童のリーダーであるザギは特に気にした風もなく、強引にトールだけを誰もいない場所に誘っては恋人がするような行為をする。
彼はこの集団のリーダーで、自分たちの庇護者だからだけでなく、もっと別の本能的な何かでトールはザギには逆らえなかった。


困惑するトールをザギは見た。
口元を引き上げると、耳元に顔を寄せてわざと低く囁く。


「俺が、恐いか」

ザギの唇がトールの耳に僅かに触れてぞくりと背中が跳ねる。
そのまま楽しげに銀の髪に口付けられて、トールは声を上げた。


「止めろよ、ザギ…っ…こんな……」

「どうしてそう思う」

「どうしてって…おかしいよ、こんな…」女の子じゃないのに、と小さく言って口ごもるトールにザギはふん、と鼻で笑った。


「それがどうした」

事も無げにそう言うとトールの銀色の髪を軽くすく。こんなやり取りが前にもあった気がする。
トールは反射的にザギに初めて会ったばかりの頃を思い出していた。



( 綺麗だ この星にはあまりそんな物がない )

( キマエラじゃ男と女は別々だ めったに会えない )


女の子に対する言葉じゃないのか、と言うトールに、その時のザギもそう答えた。湾曲したザギの言葉が反芻して、言われた時には感じなかった考えがトールの頭を過る。

キマエラで見掛けない自分の容姿を珍しがっているだけじゃないのか?
ザギは自分を、女の代わりにしているのではないのか?


考えがそこまで至ると、トールの頬にさっと朱が走った。
ザギがトールを女の子に見立ててキスをしたり触れたりしているなら、そんなの冗談じゃない。
体の中で恥ずかしさと腹立たしさと無性に悲しさとが駆け巡って、トールはザギをキッと睨み付けた。


「僕は、女の子じゃない!」

「知っている。綺麗だが、女には到底見えないからな」

怒りを露にするトールに、ザギは顔をよく眺めるようにトールの白い顎を上に上げさせたが、すぐにトールの手がザギの手を払う。


「触らないでくれよ!女の子の代わりにするなら僕以外だっていいだろ!」


「……お前が…女の代わり、だと………?」



払われた手とトールに叩きつけられた言葉に、ザギの表情が不機嫌な物に変わった。
怒らせてしまったかと怯んだがそれも一瞬のことで、トールは感情のままにザギに食って掛かる。


「無理矢理こんなことされるのなんてもう嫌なんだ!!放してよ、ラーイ達の所に帰る!嫌い、ザギなんて嫌い!放っ…ん」


口をザギに塞がれて最後まで言葉は続かなかった。
暴れる片手をザギに掴まれて、もう片方の手は腰に回される。

四回目にされるそれは、ザギの気性では想像も付かない程の、穏やかな優しい口付け。
いつも通り無理矢理される強引なキスなら舌を噛んででも逃げようと思っていたトールは身動きが取れなくなるのを感じた。

逃げようとするトールの腰を大きな手で引き寄せて、手首を掴んでいた手を緩めてトールの手のひらを包む。
きっとかなりの長い時間そうしていた。
苦しさにザギの胸を叩くトールに気付くと、ザギは離れるのが惜しいとでも言うようにリップ音を響かせてトールを解放した。


肩で息をするトールの背を撫でて、指を絡ませたままトールの頬を伝う涙に口付ける。ザギにそうされて、トールは初めて自分が泣いていたことに気が付いた。


「大丈夫か?」

「ごほ…!ん、こんなの、もう、やめ…って…」

「女の代わりに、か」


何を考えているのか、ザギがまたフッと笑う。
手を離されたトールは口元を抑えてこほこほとむせた。


「どうしても俺がお前を女がわりにしたがっていると思いたいらしいな」

「だって…そうだろ、そんなのっ……」

「興味ないな」

「ザギ…っ?」

「お前がそう思いたいなら好きにしろ。お前ぐらい綺麗な女がいるとは思えないがな。………俺はトールが欲しい」


ザギが再度トールの顎を掴んで上を向かせた。今度は正面から視線が絡まる。冷静で、冷淡な筈の少年の鋭い食い付くようなザギの目にトールは息を呑む。

ぶつかりそうなくらい間近で息が触れ合う。


「いいか、一度しか言わない」

顎を上に向かせていた手をトールの頬に添えた。ザギがふと酷く優しい眼をしてみせたので、トールはようやく瞬きをした。
ザギに触られている箇所がじわじわと熱を持っていく。


「お前の言う『好き』な奴が気になるなら好意でも愛でも口にしてやる。だが言い損はごめんだぜ、

……俺の物になれよ、トール」



ぱたりと、トールの青い瞳から涙が落ちる。
ただ、不安だっただけなんだ。行為をしながら言葉にしないザギ。
だから女の子の代わりだと思った時も悲しかった。ザギがトールに向けている想いが嘘なのか分からなくて戸惑っていたから。

……自分も、大分前から目の前の少年に惹かれていたんだと思う。


真っ直ぐトールを見詰めるザギにどう答えればいいのか迷っていると、ザギがふと顔を近付けて囁いた。


「お前が俺を嫌うなら好きにさせるだけだ。それぐらいで引き下がるくらいの物なら持ち合わせちゃいない」



ザギらしい自信に満ち溢れた台詞にトールは笑ってしまった。頬を包むザギの手に触れて、微笑む。


言葉にならない返答を、背伸びをしてトールはザギの頬にそっと返した。




*

───────…

原作とアニメにはまって、獣王星でトール受でザギトールなんて王道だろヒャッフー!みたいな気持ちで書きました。
アニメのトールはふつくしいよね。

原作でもザギってトールに触りすぎだと思います。可愛いからさ発言とかもうザギがトールを愛でまくってて、
もうほんとどんだけその子のことすきなんだよ。もゆる。

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -