カタカタカタカタ、と旧型の時計の秒針の音がする。
いや、これは自分の鼓動だろうか。それとも彼の音なのだろうか。

眼下の柔らかな髪に頬を寄せ、遊星は膝の上にもたれ掛かる少年を起こさないようにそっと抱き締めた。部屋を満たすのはレコードの古ぼけた単調な音楽と秒針、そして彼の僅かな寝息だけだった。音楽がもう媒体の必要ない時代になっても、地下街で拾った何百年も前のレコードの流す音が好きだった。過ぎ去った時代の音を聞いていると時がゆっくりと流れてくれる気がする。彼も昔にこの音の方が暖かみを感じて好きだと言っていた。彼がそう言ったから遊星もこっちの方が好きだった。擦りきれそうなレコードを何度も何度も繰り返しながら遊星は必死に自分にもたれ掛かる遊戯の鼓動に耳を傾ける。使い古された音源がぶつりと途切れる度に息が止まりそうになった。それが長い時をかけて寿命を使い果たして止まる瞬間が恐くて仕方がない。しかし自分達が生み出される遥か前に作られた旧時代の機械は脆く、近いうちにあっけなく停止を迎えるのだろう。遊星達がそうなるよりも早く。
恐くて仕方がない。

遊星は膝の上で未だ眠る遊戯を見詰めた。
いつ頃からか遊戯は昼夜関係なく眠り続けるようになった。初めは1日に何度か起きて遊星と言葉を交わすことができたが、今では何日も何週間も目を閉じたままだ。それもだんだん酷くなって、前に目を覚ましてから今日で1ヶ月近くになる。今の遊戯のように眠り続ける病気があるらしいが、病気などではなかった。遊戯はゆるやかに終わりに向かっているのだ。このレコードの機械のように。
どんなに街が変わって犬の心臓はプラスチックになったとしても、ヒトの形をしたものが終わるのを止める事が出来ない。遊戯が人間なのかロボットなのか確かめる術もなかった。体を開いたとしてもふたつは同じ物が詰まっている。ロボットは人間のように自然に動き、人間はロボットのように不自然に動く。どちらが死ぬ時も眠りながら停止するのだ。遊戯がこうなってからはずっと遊星はこの部屋で彼の眠りを見守っている。
恐くて、仕方がない。

その時遊戯の瞼が震えた。
遊星は目を見張り、遊戯の唇が動くのを見て耳を寄せた。声帯がまだ機能しているか不安になったが、聞こえてくる穏やかな声は泣きたくなる程いとしい。

「…ん、ん」
「遊戯…っ」
「ゆう、せい、くん……?」
「ああ、ここにいる」


遊星の声を聞いて安堵したように顔を緩めて遊戯が胸に額を埋めてくる。それに応えるように遊星も小さいその肩を抱いて抱き寄せた。いつの間にか詰めていた息を吐く。遊戯はまだ動いている。まだ瞳は硬く閉じられたままだったが、酷く安心した。

「遊星君…」
「ああ、どうした?」
「あのね…昨日、あのお屋敷の…面接に行った、んだ」
「…え?」

そんな筈はなかった。遊戯は1ヶ月前から眠り続けている。昨日もこの部屋で遊星がずっと抱いていた。だが、古い記憶の中で遊戯の言葉に覚えがある事に気付くと言い様のない悲しみに目を伏せた。

「お屋敷の…人たち、みんな優しくて…僕、3日後に働ける事になったん、だ…。住み込みなんて…はじめて、だから…緊張、する…」
「…そうか」

これは4年前の話だ。遊戯が企業の社長家族が住む屋敷に住み込みで働く事になって、遊星の所に嬉しそうに報告に来た日。遊星は遊戯と離れる事に焦って、彼が働き出す3日の間にどうにかして同じ屋敷で働けるように奔走した。その日になって屋敷で遊星と一緒に仕事を始められる事を知った遊戯の驚いた顔も喜ぶ顔もよく覚えている。今は遊戯がこうなってしまったから、ふたりそろって暇を貰っていた。あの日自分は遊戯にどう返したのだったか。遊戯が何を話してどんな顔をしていたかはよく覚えているのだが。

「そうか、頑張れよ」
「うん…。遊星君とは今みたいに会えなく…なるけど…休暇には必ず帰るから、お土産も、持って…必ず……」
「楽しみに、してる」
「遊星君、僕がいない間に…無茶したら駄目、だからね…」
「お前に触れられないのは嫌だ」
「たまに、こども、みたい。遊星君…ってば」
「そうか、」

停止するまでに遊戯は今までの記憶を再生し続ける。自分の体の中に残っている楽しかった時間を巻き戻して見ているのだ。それでいい。遊戯はその時までは穏やかな時の中に居られる。そこには至る所に遊星も存在するから、遊戯の中でも寄り添っていられるのだ。こんな思いをするのは自分ひとりで十分だ。何回か遊星と言葉を交わした遊戯はまた口を閉ざして眠りにつく。遊戯が次に目を覚ますまで、遊星また見守り続ける。次はいつ声が聞けるのだろうか。次は目を開けてくれるのか。それともとうとう今の一回が最後になるのだろか。自分の想像を畏れて遊星は腕の中の遊戯を強く抱く。今まで忘れかけていた部屋に流れ続けるレコードに集中した。止める事は出来ない。ならばせめてゆっくり進んで欲しいと思う。遊戯が停止する時にこの心臓も止まってしまえばいい。遊星の体の中に何が入っているかは自分でも分からないが。
恐くて、仕方が、ない。

いつの間にか暗くなった部屋を見渡した。高層ビルで地面が見えない街も、無言でそれを見下ろす立体映像の月も、世界から取り残されたこの部屋を知らない。ここで遊戯が停止しようと遊星が停止しようと構う者はひとりもいない。いや、雇い主の社長だけは遊戯と遊星の事を気にかけてくれていたので、全てが終わった時には顔を出しに行かなければならない。遊戯の物を銀の箱に詰めるのも、後始末も遊星がやらなければならない事は残っている。死ぬことも遊星には許されない。遊戯の為にも。愛しい少年を抱いたまま遊星は呆けたように項垂れた。先の事を上手く考えられない。思考すると端からバラバラに崩れていく。止まってしまえばいい。遊戯を抱いたまま、遊星の世界が閉じてしまえばいい。優しい崩壊の想像はとても幸福に思えた。
微かに隙間の開いた遊戯の唇に口付ける。どこかの国で聞いたお伽噺では口付けを受けた者が目を覚ましたような話があったが、今の自分達にはそんな夢のような奇跡が起こる筈もなかった。

今は確かに動いている遊戯を抱いて、不確かなぼやけた明日に思いを馳せ遊星は静かに視界を閉じた。




realistic
(ゆるやかに忘れさせていく息の仕方)


*


近未来的なロボットパラレルの遊表のつもり。
言わなきゃわか(ry

一度やってみたいパラレルのひとつだったんですが意味の分からない出来になりました。
前回から鬱続きなので、次はもっと幸せな遊表にしよう…!

更新止まりがちですみません…。今日からまたもそもそ遊表とか表さんうけを投下できたらなと思います。例の共演映画観たい。


sting
http://zoom.7.tool.ms/

2010.02.06
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