冷たい雨が絶え間なく窓を叩く。

桜を散らしてしまった雨はいつ頃からかもう1週間近く長い間降っていた。
ここの所毎日続く曇天のせいで夜のような外を教室の窓ガラス越しに見遣って、遊戯は溜め息を付く。



季節外れの天気の崩れが憂鬱という訳ではなく、かといって同じ日直当番だった城之内がどうしても外せないからと頭を下げてバイトで帰ってしまったためにひとりでやるはめになった机の上の学級日誌を書く作業に飽きてしまった訳でもない。

文章を書く手はかなり前から止まってはいたが、遊戯の意識はもっと違う所に向いていた。


ぼんやりしたまま何気なく手を伸ばして後頭部に触れる。
そして以前学校帰りに家の前で起きたことを鮮明に思い出してしまって、真っ赤になってパッと手を下ろした。




ここしばらく遊戯を悩ませているのは他でもなく遊星のことだった。

あの日かなり落ち込んでいた遊戯は遊星と一緒に下校して遊星に慰められて元気を出して、
その後Dホイールで家まで送ってもらったのだが。





( あの時遊星君が……僕に…… )


別れ際に背を向けた遊戯を、遊星が後ろから抱き締めて後頭部にキスをした。
そのまま耳元に寄せられた唇から至近距離で聞こえた彼の低い静かな声に、遊戯は今でもまだどぎまぎしていた。

そうしてお互い別れたのだが、それから遊戯は遊星に対してぎこちなくなってしまったのだった。
身長のことで酷く悩んでいた遊戯を元気付けてくれようとした行動だったのか、
それともただのほんの悪戯だったのかとも考えたが、遊星の性格を考えるとどれも違う気がした。


それではどうして遊星が遊戯にあんなことをしたのかいくら悩んでも遊戯には分かる訳もなく、
そのことがあってから何となく常に他の誰かと一緒に居る為に遊星とはまともに話す機会もなかった。


自分が遊星を避けてしまっているのは分かっていた。



しかしどんな顔で会っていいのか検討がつかないのだ。
いつもは執拗に遊戯の側に居る過保護な双子の兄のアテムもこんな時に限って用事があるらしく、遊戯を待って帰れないのを惜しみつつ既に下校している。



( アテムが居たらどう…って訳じゃないんだろうけど… )


それとなく助けを求めるような気持ちだったので拍子抜けしたと同時に不安になる。
アテムが居たら居たでこのことを知ったら多分またややこしいことになると思うのだけど。

気にしすぎなんだろうかと頬杖を付いて遊戯はより一層重い溜め息を吐いた。




すると教室の後ろのドアが開く音がした。

誰かが入って来た気配がして反射的にそちらに目を向ける。


誰か教室に忘れ物でも取りに来たのかと思っていた遊戯の表情がそこに立っていた人物の姿を見て、固まった。





「あ……遊星、君…」


「……遊戯」



今までさんざん思い悩んでいた悩みの原因である後輩の不動遊星がそこに居た。
遊戯は咄嗟に目を逸らして早口に言った。




「えっと…違う学年の階に居るなんて珍しいね。誰かに用かな?あ、でももう殆んどみんな帰っちゃってるか…な……」


「いや…、用があって通りかかったらアンタが見えた。まだ残ってたのか」

「え、う、うん!ちょっと…これももう終わったんだけどね」


状況を理解したのか、遊星が遊戯の手元の日誌にちらりと目を向ける。
遊戯は彼の目を避けるように半分も埋められていないノートを手早く閉じた。

まさか、日直の仕事ではなくずっと遊星のことを考えていてこんな時間になってしまったなんてこと言える訳がない。
いつの間にか時間が経っていたのか、外はもう夜のようだった。雨もまだ降り続けている。

遊戯がペンケースを鞄にしまって帰る支度をしている間も遊星は無言で遊戯を見つめていた。






「あの…ありがとう遊星君。職員室まで届けに行くの着いてきてくれて」


一階の玄関への廊下を肩を並べて歩きながら遊戯は思い切って口を開いた。

あの後そのまま教室で別れずになんとなく一緒に下まで行くことにしたので、
ついでに日誌を届けに職員室に行く遊戯に遊星も着いて来てくれた。
その間遊星は一言も口を開かず黙ったままだったが。



「……ああ…」

視線は合わさずに遊星はそれだけ返す。
遊戯も遊星の方を見ずに曖昧に頷いた。

もともと遊星は口数の多い方ではないのだが、今日は何も話さない。また流れた沈黙に気まずさを感じる。


肩を落として下駄箱から出した靴に履き替える。側に置いてある傘立ての前で遊戯は悲痛な声を上げた。
それを聞いた遊星が自分の学年の下駄箱からこちらに歩み寄ってくる。



「えーっ、うそ……!もう……」

「どうした」


がっくりと肩を落として、ちょっと泣きそうな顔で遊星を見上げた。
「僕のビニール傘…なくなってる」

「…持って行かれたのか?」



既に殆んど生徒が下校しているため、もぬけの殻になった傘立てを見下ろして遊星が低く言う。
僅かな違いだったがその声色によくないものを感じた遊戯は「こんな日にビニール傘をほったらかしにしてたのが悪いから…」と軽く笑った。



…しかしどうするか。

走って家まで帰るにしても夜に近付いて更に天候が悪くなったようで、外はこっちまで跳ねてきそうな激しい雨だ。
頼れそうな友人はもうみんな下校してしまっているし(マリクとか海馬君がいれば自家用車に乗せてって貰えるかなーなんて)

いっそのこと公衆電話でアテムを呼んで迎えにきて貰おうかと兄を使う手を考えていると、戸口で自分の傘を広げた遊星が遊戯に目配せした。




「帰るぞ。……送っていく」






真っ暗な校舎を出て人気のない歩道を歩く。
遊戯は傘の下で遊星と肩を並べて歩き、本日二度目の沈黙を味わっていた。

今度はとどまることを知らない重々しい雨音も加わる。



( 遊星君の傘に入れて貰う……か… )


彼が差す傘の下で遊戯は何だか緊張していた。

遊星は優しい人だ。
知人が土砂降りを前に立ち往生していれば、気付いて放って置くなんてことは早々しない性格だと分かっている。
それなのにアテムを呼ぼうと、無意識に彼をまた避けようとしていたことに遊戯は静かに自己嫌悪に陥っていた。初めから彼を当てにするのも違う気がするけれどまだ自分はどうしようもなくはっきりと遊星を意識していた。

遊戯の歩調に合わせて歩いてくれる遊星の無言の気遣いも、今は遊戯の胸をちくちくと突いた。




( だって……それは… )



だけど、このままではいけない。

遊星と話をしなくてはと話題を探すものの、今日に限って何もうまく出てきてくれない。いつも何を話していたか、カードの話を振ってみようか、今は相応しくない話題だろうかと迷っている内に、
道路を跨いだ歩道橋に差し掛かかる所でまるで遊戯の心を見透かしたように遊星が口を開いた。





「…何を考えている?」

「え?」



「この間のことは、そんなに迷惑だったか」



遊戯の心臓が跳ねる。
急に突かれた確信に押さえた胸がざわざわした。

そろそろと視線を引き上げると、
いつからそうしていたのか、遊星は足を止めて真っ直ぐに遊戯を見詰めていた。

正面から視線が絡み、遊星があの時の言葉を遊戯にもう一度言うのだ。
遊戯の中で反射的にふたつの場面が重なる。



「俺が遊戯を好きだと言ったのは、嫌だったか」



『遊戯が、好きだ』

触れるようなキスをされた後、遊星が遊戯の耳元で静かに言った言葉。

遊星は一度目に遊戯が見たような切なそうな顔をしていて。


何も言えなくなってしまう。



「……迷惑だったなら、もう俺に近付くな」


地面に縫い付けられたように動けない遊戯にそう言うと彼は自分が持っていた傘を遊戯の手に押し付けた。

最後に一度だけ、息づかいが感じられそうなくらい遊星のきれいな顔が近くにあって。
うっすらと濡れた遊戯の目元に微かに触れる。


「それも、返さなくていい」



それから遊戯が待って、と止める間もなく遊星は呆けたように傘を握る遊戯を置いて降り頻る雨の中を行ってしまった。

遊星の体温が残る傘と、口付けられた眼が熱い。



触れる直前の雨で掻き消されそうに聞こえた遊星の声に遊戯は握った傘の柄に力を込める。


東の空には光が差し始めていた。





─────…


続いちゃったよ!
繋がり的には頭ひとつうえの〜の続きなんですが別物として読んで戴いても大丈夫です。

多分もういっこで終わり…です。


少年チラリズム
http://doki.6.tool.ms/


2009.05.06
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