何日も何日も会えない日というのも、別に珍しくない。
でも彼は僕がさみしくないように気遣ってくれていて、忙しくても1日の終わりに必ず携帯に電話を掛けてきてくれる。だから僕は学校でも家でもこの時間を心待ちにして過ごしていた。
1日の終わりが僕が一番好きな時間だった。
着替えてから携帯を手にしてずっと待っていたんだけどその日は日付が変わってからしばらくしても着信はなかった。僕はそわそわしながらも疲れているのか、ベッドの上に腰かけて携帯を握ったままうとうとしていると手の携帯が震えた。
慌てて目を覚まして見ると、ディスプレイには"遊星君"の文字が光っている。
ドキドキしながらぎこちない指で通話ボタンを押すと、心地いい低い声が聞こえた。
「…遊星君………?」
『すまない、眠る所だったか?』
「え、どうしてわかったの?」
『声が少し眠そうだ』
携帯の向こうで遊星君がちょっと笑っている気配がした。
彼の楽しそうな声が聞けて嬉しかったけど、なんだか笑われてるみたいな気がして、顔が赤くなるのを感じた。
「そうだよ、あんまり遅いから寝ちゃおうと思ったんだから」
『そうか……電話しない方がよかったか?』
「ううん、ごめんね違うんだ。忙しいのにちゃんと連絡してくれて嬉しい」
カーテンを開けて夜の外を見ながら電話口の遊星君に優しく微笑む。
それから僕たちは今日あったことを一通り伝えあったりした。相変わらず少し抑揚のない冷静な低い声で話す遊星君にじんわりと愛しさが広がる。
明日の予定を話しながら、僕がもしこんな上層部なんかじゃなくて遊星君たちが住んでいるサテライトにいたら、もっと早く彼と出会えて、頻繁に遊星君と会えたりしたのかなって頭の隅で考えてみた。
そうしたら、電話じゃなく遊星君ともいっぱい話せるのに。でも大切な限られたこの時間を使ってこんなこと遊星君には言えない。そんなことしたら彼が悲しむのはわかっているから。
待っている間は待ち遠しくて、話している間は一番楽しい時間だけど、終わってしまうのが一番悲しくてさみしい時間だった。
彼から電話がかかってきてから数十分経った。そろそろ切るっていう遊星君の言葉を聞きたくなくて、僕はせっかくかけてくれた電話の最中に何も喋れなくなってしまった。会話が途切れて急に黙り込む僕に遊星君も何も言わなくなる。
ただ携帯の通話時間の表示だけが無機質に進んでいた。
『…………会いたい…』
沈黙を破ったのは、遊星君の掠れた声だった。
「…遊星、君……」
『遊戯に、辛い思いをさせているのは分かっている』
「…そんなこと、」
『勝手なことを言っているとは思う。だが…俺は……いつまでも、遊戯の声だけじゃ駄目だ……』
僕はゆっくりと目を伏せた。滅多に見れない遊星君の焦るような様子に泣いてしまいそうだった。
遊星君の声を聞けば、きっと声だけじゃ我慢できなくて会いたくなる。会ってしまったら、遊星君に触れて欲しくなってしまう。
僕は、わがままだ。毎日ちゃんと電話をしてくれる遊星君をどこかで少しだけ怒っている。遊星君のそばに行きたい。好きでたまらない。
声でわかってしまうから、僕は泣かないようにだけ頑張った。会いたいって言ってくれた、遊星君も僕を今も好きでいてくれていると思うとまだ待ってられると思った。
「ありがとう、遊星君…僕、君のことが大好きだよ」
そう言うと遊星君はまだ無言で、僕はまたズレたことを言ってしまったかと不安になった。
何秒か置いた後にまた遊星君が言う。
『今、家か?』
「え?う、うん、そうだけど……?」
『……あと少しそこで待っててくれ』
言われた通り携帯を通話中にしたままベッドに座って待っていると、玄関のインターフォンが鳴った。
「あ、ごめん、今誰か来たみたい……」
携帯を耳に当てたまま足早に玄関に急いだ。鍵を開けてドアを開くと、思ってもいなかった人が立っていた。持っていた携帯を落としてしまいそうになる。
だって、まだ通話は切れていないのに。
震える唇で彼の名前を呼ぶ前に、性急に体を抱き寄せられる。
「『……遊戯』」
受話器から聞こえる声と目の前にいる遊星君の声とが重なって、今度こそ持っていた携帯は手から滑って床に落ちた。
ぎゅうっと苦しいくらいの力でしばらく掻き抱かれて、離れた時に見た彼は見たこともないくらい苦しそうな顔をして肩で息をしている。
「遊星、くん……?どう、して、ここに…」
「…会いたくて、バイクでここに向かいながらずっと電話していた」
運転しながら電話したら危ないよ、って言おうとしたのに僕は今度こそ泣いてしまった。
ずっとここまで、バイクから降りてから僕の部屋まで走ってきてくれたの?
何も言えずに泣く僕を見て遊星君は目を細めて、僕をまた抱き締めてくれた。遊星君の唇が涙を拭うように触れてくる。頬に何度か口付けられて、顔を離される。
彼のきれいな瞳と目が合って、見とれている内に唇に遊星君に口付けられた。長い間離れていた遊星君の体温を感じてうっとりと目を閉じる。
唇が離れて、気付いた時にはいつの間に運ばれたのか僕の部屋のベッドの上だった。
「遊星君…?」
「いや…もう休まないと、明日に響く」
心なしか目をさ迷わせて、僕を寝かせてベッドを離れようとする遊星君の服を掴んで、ベッドに引き込んだ。驚いて僕を見詰める遊星君がいなくならないように抱き着いた。
「明日は寝坊しても大丈夫だから、だから…」
「遊戯…」
「一緒にいて、遊星君…いなくならないで……」
遊星君の胸に額を寄せると、遊星君は肩を掴んで僕を離した。突然のことに戸惑って彼を見上げると額にキスをされて、シーツの上に押し付けられる。
真っ直ぐに僕を見詰める遊星君は真剣な顔だった。
「ゆ、遊星君…?あの……」
「ずっとここにいたらお前に酷くしそうだ」
そう呟いて、遊星君が僕の首に唇を寄せる。遊星君の息がかかって僕はドキドキしながら身を震わせた。
遊星君の言うことがわからない程に純情ではないつもりなので、頬が熱くなるのを感じる。
返事の代わりに彼の背中を抱き締めると遊星君はわかってくれたようで、少し笑って僕の唇にちゅっ、ちゅ、と口付けた。
「ん…遊星君は、明日大丈夫なの?」
「やるべきことは片付けてきた。心配するな。……だから」
こっちに集中、しろ。
耳元で囁かれて僕は濡れた瞳で彼を見上げる。それに遊星君が優しげな目を向けた。
窓から見える降るような星たちに見詰められながら、どちらからともなく、僕たちは引き寄せ合うように唇を合わせた。
*
遊星が別人過ぎる……。
ここぞというときにえろすってなんですか。な話。
書いたことないのであれなんですが今度破廉恥な雰囲気の遊表も頑張ってみようかな……。
2008.10.26