section 01- 2
 


いつだって自分は、無欲で何を目的に動いているのか分からなかった。
自分自身の事でありながら、自分自身に興味もなく生きていた。
興味がないのは自分自身に対してだけではない。周りのすべてに興味がない。この目に映るものすべて。
そうして過ごすうちに無欲ではなくなり、自分は求めていたのではないだろうか。自分が興味の持てないこの世界の、

崩壊と、創生。


「persona non grata.」

――歓迎されない人物。――


脳裏でそんな言葉が、聞こえる。





酷い悪天候だった。昏い、昏い暗雲の下。
吹き荒れる風に混ざる、血の匂いと殺意の衝動。


「アンタも大概馬鹿だよなぁ…」


理想郷なんてあるはずないじゃないか。
自分たちが生み出されたその時から歯車は回っていた。時を司るアンタでも止めることができない、遡ることもできない歯車が。

そもそも理想郷があったとして、


「俺達なんて 最初から度外視されてるに決まってるだろ?」


だって、結局は"失敗作"なんだから。


体がふわりと浮く。そして、俺に刃を向けていた白い彼女の姿が遠くなっていく。
俺はゆっくりと、瞼を閉じた。







―――痛い。

ふと、視界が拓ける。日中だろうか、まるで嵐が過ぎ去った直後のような青空が広がっている。
自分は今まで何をしていたのだろう、そこまで考えたとき体に鈍い痛みを感じた。辺りは渓谷のような断崖絶壁の崖が立ち並ぶ場所で、崖のところどころには緑映える蔦が絡みついていたり、せせらぎの音が聞こえる分に近くに川でもあるのだろうか。


「…しかし、何も思い出せないな」


今まで何をしていたか、どうしてここにいるのか、思い出せない。思い出せるとすれば―


「…サマ、エル」


名前だろうか。サマエルという単語が脳裏に浮かぶ。

辺りが崖で、鈍く体が痛むということはもしや自分は上から落ちたのだろうか。それにしては鈍く痛むだけで出血などない。いったいどういう事だ。
しかしそんなことは考えずともさしたる支障はない。己を包む黒い衣は所々汚れ、裾が少し解れていたりとやはり転落したか。


「あららん、大丈夫?」

「…誰だ?」

「通りすがりの乙女よん。貴方、上から落ちちゃったのねぇ」


声がかかり、ふとその方向へ顔を向ければそこには、朱色の長い髪を風に靡かせ微笑む人物がそこにいた。そのすぐ脇に、幼い顔の少女を連れて。
あんな高くから落ちて無事だなんて手加減でもしたのかしら、と呟くその人物に「どういう意味だ?」と視線で訴えればすぐにその人物は「なんでもないわよぉん」とまたニッコリと笑う。
脇にいた少女が自分をじっと見据えている。視線が痛い。


「落ちた、かどうかは分からない。何も覚えていないんだ。」

「あらま。記憶すっ飛んでるのね、それじゃあ行く当てがあるはずもないか」

「痛みが引いたら適当に歩こうと思っていた。宛など最初から考えていないが…」


そう言えば相手はそうねぇ、と少し考えるようなそぶりを見せる。
そしてすぐに自分にまた笑みを向けると、人差し指を立ててこう言った。


「この渓谷を北に進んで、アタシの知り合いに会いなさいな。青色の髪の男と赤い髪の女…あの二人ならきっと貴方の力になってくれるわよ」

「本当か?なら…会いに行ってみるとしよう」

「そうしなさい。二人にはアタシの名前…アスルルって言えばきっと伝わるわ」


朱色の髪の人物はアスルルと名乗った。脇の少女は何も口を開かなかったが、取り合えず北に進もうと背を向けるときに小さく「気を付けて」と言ってくれた気がした。







「…さ、てと。引き続きお散歩でもしましょうか」

「………わざと、引き合わせるの?」

「なんのことかしらん?」

アスルルの脇でじっと、遠ざかっていくサマエルの姿を見つめながら少女が口を開いた。
少女はゆっくりと踵を返して、アスルルの横を通り過ぎる。


「…ヨウ」




 あまり 度が過ぎないように。




揺れる茶の髪が風に靡き、少女の口から凛とした声が漏れて空気に溶ける。
その姿を肩越しで瞳に移したアスルルは、サマエルに見せたような笑みではない…微かに口の端を上げるような、うっすらとした笑みを浮かべた。


「…おいてくよ?お姉様」

「あはん!待って勝手にどこか行ったら危ないわよんシアちゃん♪」





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