05 彼が望むたったひとつの、
 




忘れられない影を。
その手を赤に染め主を殺したそのものの名を。
彼は一体だれを殺したのだろうか。家族か?友人か?赤の他人か?神か?

「俺が殺したのは ほかでもない」

自分自身の 幸福。






「焔先輩どったの、機嫌悪そうだけど」

「…別に、疲れてんだよ」

「疲れてるなら休めばよかったのにぃ。わざわざ会いに来てくれたの?」


焔の横で景山が「うっれしぃ〜」なんて大げさに笑いながら缶ジュースを傾ける。静かな路地裏、至極当然のようにそこに揃う二人。別に約束をしていたわけでも用事があったわけでもない。ふと思い立った時にあの路地裏へ足を運べば、自然と二人が揃うのだ。
まだ出会って間もない二人だが、その間には如何せん周囲の人間が入り込むことができないような、特別な関係性が築かれているような。


「あっちで休むより外に出てた方が落ち着く。お前に会いに来たわけじゃねぇよ。お前に会いに来たわけじゃ、断じて」

「そこまで否定する?俺ちょっと泣きそう」

「ハンカチくらいなら貸してやる」

「優しいけどそれならそこまで否定しないで焔先輩」


景山は至極楽しそうだった。そんな彼の手から缶ジュースを奪い取ると焔はそれを飲み干す。「ひっでぇ全部飲んだ焔先輩飲んだ〜!」なんてまた子供っぽく言い出す景山を「後でなんか奢ってやるから我慢しろ」と言いくるめる。
するとすぐに機嫌をよくした景山は焔に抱き付くようにして壁まで追いやった。


「へへ、焔先輩ったら素直じゃないだけで優しいって俺知ってるんだからね」

「馬鹿言え、人殺しが優しいわけあるか」

「俺に対してだけ優しいっていう事ならもっと嬉しいんだけど」

「俺は好きな人に対してはとことん貶したい辛辣にあたりたいタイプだ」

「ドS!冷たい!」


しかし待てよ、と景山が少し考える。そしてすぐへらりと笑って焔にすり寄った。さっきから辛辣にあたってくる焔のこの言葉、裏を返せば…なんて、景山にはすぐ分かってしまった。


「ほんと、焔先輩は素直じゃないね」

「うっせ」


ねぇ焔先輩、と顔を近づける。鼻先が当たるまで数センチ。そこでぴたりと止まる。
景山の案外武骨な指が焔の赤い髪をとらえ、すっと絡む。焔はそんな景山を赤色の眼に捉えながら、景山のもう片方の手をすっと掴んだ。


「先に言っておくが、俺は作品になってやんねーぞ」

「…ちぇ、ばれてら」


捕まれた手に握られていた銀色のナイフ。暗い路地裏でも確かに鋭利な輝きを放つナイフに焔の赤が映った。


「お前の何倍もの場数踏んでんだよこっちは」

「絶対焔先輩きれいなのにぃ」

「悪ィけどまだ俺は死ねないんだよ」


確かに焔は死ぬことができない。それは焔に宿るとある存在の影響だという。


「全部…全部カタがつくまで」

「……まぁ俺には難しい事わかんねぇけどさ。俺は焔先輩と一緒にいたいなー」


たくさん話したいし、まだ諦めたわけじゃねーし、と景山がぎゅっと焔に抱き付いた。
景山の事だ、きっと難しい事まで考えていないだろうし、そこまで深く詮索する気もないのだろう。つまりは、いま彼の口から出た言葉は全て純粋で真っ当な、彼からの思い。
焔はふと瞼を閉じて、なにかこみ上げる感情に浸るようにしながら景山の背に腕を回した。


「……ったく…」


好きだなんて、言ってしまえば。



終わって、しまう。







******




「分かってんじゃねェか。けどまだ、捨てきれねぇんだなァ…」


黒衣。 散らばる赤。 それを縛る一閃の緑。


なんて馬鹿な男だ、何度抗うつもりか。いつの時代(とき)だって迎える結末は同じだったというのに。
何度も何度も、泣いて叫んで崩れ落ちて手を膝を頬を血で汚した。お前が見ているのは虚ろな奇跡と希望だ。


「求めすぎはよくねぇぜぇ…強欲に幸福を求めすぎた罪はいつか」


その目でその手でその体で知ることだろう。


「やっぱ火黒みてぇには行かねぇか…仕方ねぇな。にしても」


これは何の偶然か、それとも運命か。はたまた、

因果か。



「まだ俺を許してはくれねぇか……」



なぁ テスタよ





―――next.



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