おふろ!! | ナノ
ED後すぐくらいのふたりです



夕日の差し込む旧ソフィア城内。広い広い王の私室にある、大きなソファにボフンと倒れ込む。
バレンシア統一王国の国王として慣れない政務に追われ、アルムは疲弊し切っていた。

このまま眠りに落ちそうになったのに気が付いたところで、ハッと顔を上げる。

(お風呂に入らないと)

身嗜みはきちんとしておかないといけませんよ、とルカから口を酸っぱくして言われていた。もっともこれは、解放軍にいた頃から言われていたことだけれど。

寝心地のよいソファの誘惑を振り切って浴室へ移動し、ノロノロと衣服を脱いで。きちんと体を洗ってから湯船に浸かる。
自分好みの熱さの湯加減に、疲れがじんわり溶けていくような気分になって、自然と間延びした声が上がった。

「うーん、でも、何だかなあ」

広い湯船を独り占めできるのはこの上ない贅沢だ。でもやっぱり、寂しいような気もして。
どうせなら誰かと入りたい。誰か、というよりルカと、というのが正しいけれど。

好きな人と一緒に入れば、きっと疲れもよく取れる。ルカだって、騎士団のあれこれで疲れは溜まっているはずだ。

「よし決めた。次の休みにルカを誘って、二人で入ろう」

立ち上がり浴室を出て、アルムはベッドの中で当日のあれこれを考え始めた。
疲れのせいであれほど眠たかったのはどこへやら。考え出したら止まらなくなって、翌日寝坊したのはここだけの話。

_________


やってきた休暇。
自分と同じく休みだったらしく宿舎で本を読んでいたルカを、自室へ引っ張り込んだ。
本当は夜に入りたかったけれど、待ちきれなくて日の高いうちに準備してしまったのだ。
浴室へのドアの前でピタリと立ち止まり、彼の方へ向き直る。

「どうしたんですか、アルムくん」
「ふふ、開けてみて」

不思議そうな声で尋ねてきたので、ドアを開けるよう促してみる。
首を傾げながらも、ルカは言う通りにしてくれた。

「わ…!」

ルカの目に飛び込んできたのは、浴槽……を、埋め尽くすたくさんの泡。その上には花びらも散らされていて。
折角ならただ入浴するだけでなく楽しみたいと、アルムはコッソリ城下に行き素材を仕入れたのだ。
ただよう香りは、花びらから。気分が落ち着くものを選んだ。

「そう。泡風呂だよ。日頃の疲れをここで一緒に癒したいと思って、僕が作ったんだ」
「アルムくんが…?」

それから、ルカはアルムを見つめたまま何も言わない。柄にもなく不安になってしまって、アルムはおずおずと尋ねてみる。

「もしかして、嫌だった?」

するとルカは慌てたように首を横に振り、アルムをぎゅうと抱き締めて。

「いいえ、こんなに素敵なお風呂を作ってもらえたのが嬉しくて…」
「よかった。じゃあ、早速入ろう」
「はい」

服を脱いで、軽く体を洗って、二人一緒に湯に浸かる。

「どうかな。上手な泡の立て方も調べて、頑張って作ったんだ」

救い上げた泡をふうと吹いて、アルムが告げた。
言われて泡を見れば、すぐに消えてしまいそうな大き目のものではなく、きめ細かな泡。簡単には消えなさそうだ。
この広い浴槽にこんな泡を作るとなれば、さぞ苦労したことだろう。

「見事な泡風呂です。すみません…大変だったでしょう?」
「ルカと過ごすためだもの。このくらいへっちゃらだよ。だから、ありがとうって言ってほしいな」
「…ありがとうございます、アルムくん」
「どういたしまして」

アルムは満足そうに微笑むと、ルカの両肩に手を置いて、口づけをひとつ落とした。
応えるようにルカもアルムに口づけをしたところで、思い出したように口を開く。

「そういえば、アルムくんにしたらお湯がぬるめですね」

育ての親である祖父の好みだったのか、アルムの入る湯の熱さはルカにとってほんの少し…正直に言うとかなり熱めで。

一緒に入る時は気を遣ってくれているらしく、多少はましな熱さだけれど、それでもまだ熱いと感じるくらいだ。
だから彼の好みの熱さで長風呂競争になった日には、ルカはあっという間に白旗を揚げてしまう。
それが今日は、ルカにとってほどよい熱さだったのだ。
アルムにしたら入った気にならないくらいの温度だろうにと、不思議に思って尋ねてみれば。

「うん。せっかくの泡風呂だし、堪能したいじゃない。それにこのくらいなら、ルカも長く入っていられるだろ?」
「はい。これなら思う存分堪能できます」

言って、ルカは鼻歌でも歌いだしそうな顔をしながら泡の上に泡を重ねて何かを形作っていく。
球状にした泡のそこかしこに、パーツとなる泡を足している…つもりなのだろう。泡の重さで、ひとかたまりになってしまっているけれど。
そこから浮いていた花びらを幾つか貼り付けて。

「できました!」

もう一つ、同じように作ったところでその“泡の塊”をアルムの前に差し出して、ルカは得意気に言ってみせた。
作り始めから終わりまで、アルムはルカを眺めていたが、いったい何を作ったのか見当がつかなかった。

ルカは以前『自分は器用でない』と言っていて。謙遜かと思えば本当の事であり、知った時にはアルムは大層驚いた。
そんな記憶が蘇る中、どうにか工程から想像を膨らませて考えてみるが、どうしても塊にしか見えない。

「は…花、かな?まるい泡の周りにまた泡を付けてたし、花びらも付けてあるし」
「残念でした。正解はビグルとバロールです」

精一杯考えた答えは残念ながら不正解。
それよりも予想の斜め上すぎる答えに、開いた口が塞がらなかった。お世辞にもそうは見えない、というのは置いておいて、なぜビグルとバロールなのか。ルカの意図が分からないとアルムは頭を悩ませていたけれど。

「間違えてしまったアルムくんには、祈祷師の私が召喚した二匹が分裂してからみつきます。えいっ!」
「わぁっ!」

ルカはまずアルムの肩に、“召喚”した泡の二匹を乗せた。それから自身の手のひらにこんもりと泡を乗せて、それをアルムの首に頬に、そして鼻先や頭に、次々と乗せていく。
成程これがしたかったのかと、理解したアルムはルカにされるがままになってやっていた。
泡だるまになった頃、ルカは手を止め、目を細めながら。

「ふふっ。こんなにふわふわで美味しそうになってしまって。どこから食べるか、迷ってしまいますねえ」

浮かれたように言うルカは、いつもよりずっとあどけなくて。
可愛いとしばし見惚れていたけれど、こんなにはしゃいでいる彼は滅多に見られない。
ここは流れに乗らなければと、顔を左右に振り、乗せられた泡をふるい落として。

「そんな事はさせないぞ。よーし、悪い祈祷師はひねりつぶしてやる!」

少し距離を取り、これでもかと泡をかき集める。できる限り高く手のひらに積み重ねて、膝立ちになって。

「覇神断竜剣!」
「うわっ!」

言いながらルカの頭のてっぺんに泡を落とせば、乗りきらなかったそれが顔に肩にどんどん垂れてくる。それでも構わず泡を乗せ続けると、あっという間にルカもアルムと同じ泡だるまになってしまった。手に持っていた泡全てを乗せたところで。

「これが僕の力だ!」

と、カラカラ笑いながらアルムが言えば、ルカもつられたように笑って「参りました」と両手を挙げた。
ごっこ遊びが一区切りしたところで、頭や顔についた泡を拭い取る。花びらは、お互いに取ってもらって。

泡はまだまだ消える気配がないため、初めルカがしたようにいろいろな形を作ってみようとアルムは手を動かし始めた。

「みてみて。ルカの好きなスイートクッキー作った」
「わ、クッキーの上の干し果物もきちんと載っていますね。美味しそうです」
「じゃあ食べさせてあげる。はい、あーんして」

アルムが泡のクッキーをルカの口元に持って行けば、言われた通りにルカは口を開けて、咀嚼する真似をしてみせた。
こくんと喉を上下させてから、ルカはアルムに「ご馳走様でした」とはにかんで、何かを作り始める。

「美味しいクッキーのお礼に、私はお肉を作りました。さ、アルムくんも口を開けてください」
「うん。あーん」

口に入れたふりをしてからしばし咀嚼して、喉を上下させる。

「うん。おいしいよ」

形からして、干し肉だろうか。ソーセージの線も考えられるので、余計な事は言わずにそう返した。
お礼のお礼と口づけをすれば、ルカからも同じように口づけが返ってくる。長く口受けの応酬を続けてから、二人は再び泡遊びに戻った。

________


「ルカ、大丈夫?もしかして逆上せてるんじゃ」

食べ物や動物、魔物を作って見せあっているうち、徐々にルカの動きや反応が遅れてきているのに気が付いて、アルムは尋ねてみた。

「…へ、平気です。まだ、少し暑い、程度ですから」

目をしぱしぱさせたルカがぎこちなく微笑んだと思ったら、こんな返事がきた。でも、アルムは信じない。

少しにしては顔もずいぶん赤いし、熱に浮かされているような話し方だ。仮にルカの言葉通りだとしても、兆候は出ている。
折角用意してもらったのに、上がってしまうのは勿体ないとでも思っているのかもしれない。

「少しでもだめだよ。無理しないで、もう上がろう」
「でも、まだ、アルムくん、は」
「でもじゃない」

半ば強引に手を取り一緒に立ち上がる。そのまま歩き出そうとしたところで、ルカはふらりとよろけてしまった。支えてやったので転倒は免れたが、アルムは確信する。

「もう。やっぱり無理してたんじゃないか」

眉根を寄せて咎めるように言いながら、アルムはルカを洗い場に座らせ泡を流してやって、次に自分の体を流す。
流し終わったところで、ルカが気まずそうに謝罪を口にしようとした。その時だった。

「嘘吐きはこうだよ」

背中と膝の裏に腕を入れられ、ルカはひょいと横抱きにされてしまった。

「アルムくん、下ろしてください。一人で、歩けますから。それに、」

たまったものではないとルカはアルムに訴えるが、彼は全く聞き入れようとしない。

「だめ。無理した罰なんだから。あんまり動くと転んじゃう。大人しくして」

凄むように言えば、ルカは諦めたようで大人しくなった。アルムがこうしたのは、ルカが転んでしまうのが心配だったのもあるけれど、ちょっとこうやって移動したかったところもある。

________


脱衣所に戻ってからのアルムの手際は、それはそれは見事だった。
タオルで自分とルカの全身をくまなく拭いて、用意していた着替えをあっという間に着せて、着て。

再び横抱きにして、寝室の広いベッドにルカを横たわらせたところで。

「僕は水を取りにここを出るけど、ちゃんと大人しくしていること。いいね?破ったら、今後一緒に動く時は何があってもきみを横抱きにして移動するから覚悟しておいて」

そう釘をさせば、ルカはこくこくと首を縦に振った。「約束だよ」と額にひとつ口づけを落として、アルムは水を取りに寝室を出る。

水差しに水を注いで、コップと共にトレイに載せる。体を冷やすために、濡れタオルも持って。
音を立てないよう、静かに寝室に戻れば、ルカは約束をきちんと守って大人しくしていた。

「ちゃんと寝ていたね。偉い偉い」

サイドボードにトレイを載せて、まずは濡れタオルを取り、ルカの額に乗せてやる。気持ちがいいのか、彼はほうと息を漏らした。

「今、水も飲ませてあげるから」

言って、アルムは水差しから汲んだ水を少し口に含む。そのままルカに口づけをして、水を送り込んだ。喉が上下したのを確認して、同じように数回繰り返す。

「アルム、くん」

汲んだ水の半分ほどを飲んだ時だった。
ルカが何か言いたげにアルムを呼んだので、横たわる彼の隣に寄り添うように、アルムはベッドの上に腰掛けた。

「どうしたの」とアルムが問いかけてみれば、ルカはゆっくりと口を開く。

「あんなに長い時間…アルムくんと、お風呂に入ったことなんて、」
「うん」
「今まで、なかったので…嬉しくて…、楽しくて…、ずっと、入っていたくて」
「うん」
「…年甲斐もなく、欲張ったばかりに、情けない事に、なって…」

頭が回らないせいか、ひとことひとこと、時間を掛けて紡がれる言葉。アルムは相槌を打ちながら聞いていたが、この流れからルカが次にどんな事を言うかが容易に想像できたので。

「“すみません”は無しだよ」
「…う、」

先手を打てば、ルカが言葉を詰まらせた。

「僕も楽しかったし、ルカが欲張りたくなるくらい喜んでくれたのが、何より嬉しいんだ。むしろ、もっと欲張ってほしいな」
「いいん、ですか」
「もちろん。遠慮なんていらない」

今日のルカは終始アルムに輝くような笑顔を向けていて、心から楽しんでいるのが見て取れた。
いつもの穏やかな笑みも好きだけれど、あんなにいい顔が見られるならどんな事だって叶えてやりたい。

アルムはそう思って、まだ赤みのある彼の頬に手を添えながら言う。
ルカは少し迷ったような素振りを見せたけれど、アルムが目を細めたのに後押しされたのか、彼の手に甘えるように頬ずりし、ふにゃんと微笑んで。

「また、入りたいです。今度は…準備も一緒に」
「うん。僕も入りたい。しばらく休憩して、起きたら計画を立てよう」

ルカはアルムの返事を聞いて頷き目を閉じた。その隣にアルムも寝転がり、頬に添えていた手を胸の上に移動させ、ポンポンと叩いてやる。

日頃の疲れと遊び疲れが睡魔を連れて来たのだろう。すぐにルカから寝息が聞こえてきた。
そんな彼の目蓋におやすみの口づけをして、アルムもまた目を閉じた。




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