ばれんたいんでえ | ナノ
wiki先生はそう仰っていた


今日は恋人たちが親愛の意を込めてチョコレートや菓子類を贈り合う“愛の誓いの日”。
それらを取り扱う店には、多くの客が詰めかけていた。

店内を歩く人々は、誰もが真剣な表情で相手に贈る品物を選んでいる。
アルムもその例に漏れず、ルカへの贈り物を探し歩いていた。真剣ではあるものの、そこら中から漂う甘い香りに顔が歪みそうになるのを懸命に耐えながら…という方が近いけれど。

少し前ならこんな所、近付きもしなかったのに。愛の力は偉大だとアルムは独りごちる。

(……これなんかよさそうだ)

甘い物を食べている時のルカはいつも嬉しそうな顔をしているので、一体どんなものが好みなのか見当もつかない。
見た目で決めようと手に取ったのは、一口ほどの大きさの淡い黄緑色のチョコレート。あしらわれていたベリーと木の実も美味しそうだった。

いくつか購入し包装をしてもらった後、店主に料金を支払い店を出る。アルムは早速ルカにそれを手渡そうと、弾む心で自分たちの滞在している宿へと駆け出した。

_______

「ただいま!」
「アルムくん、おかえ…」
「ルカッ、これ!」

宿の客室へ戻るや否や、アルムはずいとルカにチョコレートを差し出す。
そんなアルムにルカもはじめは驚いた様子だったが、すぐに目を細めて礼を告げた。

テーブルをはさんで向かい合わせに腰掛けると、ルカは丁寧に包装を解いてチョコレートを取り出し、ぱくんと口に入れた。

「おいしいです。とても」
「よかった…!僕、甘い物の事よく分からないからさ、喜んでもらえるか心配だったんだ」
「アルムくんが私のために選んでくれたんですから、嬉しいに決まってるじゃないですか。残りは大切にいただきます」

包装を元に戻してから、ルカは「すぐに戻りますね」と一旦部屋を出て行った。
しばらくして戻ってきた彼は、手に料理を持っている。

「私もアルムくんのために、宿の厨を借りてこれを作ってみました」

皿の上に載っていたのは、グリルされた肉だった。焼き上げられてそう時間も経っていないのか、食欲をそそる香ばしい匂いがアルムの鼻孔をくすぐる。
食べやすいように切り揃えられた断面に目をやると、見事に好みの焼き加減だった。

「わ…、おいしそう!これ僕に?」
「もちろん。今日にちなんで、チョコレートソースをかけたんです」

ルカの発した言葉で、アルムは目をぱちくりさせた。
聞き間違いだろうかと、聞こえた言葉をそのまま返してみるとルカは「はい」と頷いてみせる。
肉にチョコレートソースなんて、アルムは聞いたことも見た事もなかった。

店で出てきたものなら遠慮するところだ。しかしこれは“今日にちなんで”ルカが“自分のために”作ったもの。
恋人として、何としてでも完食しなければいけないだろう。
しかし、食べるのには随分な勇気がいる。
甘い甘い味の肉を想像して、アルムの顔はなんともいえないものになった。

その表情でルカもアルムの心中を察したらしい。

「チョコレートソース…嫌でしたか…?」
「そんな事ない!あんまり美味しそうだから、どこから食べるか迷ってただけ!」

シュンと俯き置いた皿を引きあげようと手を伸ばしたルカを見て、アルムは甘い肉でも何でも来いと覚悟を決めた。
奪うように皿を自分の方へ置きなおして、料理と向き合う。
肉が少しでもソースと触れていない部分を選び、恐る恐る、一切れ頬張った。

「……おいしい」

思っていたような甘さはほとんど感じなかった。香辛料も程よく利いていて、噛みしめるほどに旨味を引き立てている。
チョコレートと肉の相性がこんなに良いなんて、と再びアルムは目をぱちくりさせた。

「全然甘くない。チョコレートなのに不思議だ…」
「チョコレートは混ぜ物が多いので甘いですが、その原料のカカオはとても苦いんです。アルムくんでも食べられそうな甘さと苦さのソースにするために、以前から色々なチョコレートで試作していました」
「そっか…ありがとう」

ルカは作ったものが無事にアルムの口に合ったと分かって、ほうと胸を撫で下ろした。初めにチョコレートと聞いた時のためらいはどこへやら。アルムは「本当においしいよ」と上機嫌で料理を食べ進める。
最後の一切れを放り込んだ時だった。

「アルムくん、ちょっと」
「…なに?」

目線を皿からルカに移すと、テーブル越しに近づいてくる彼の顔。
息がかかるほどに近づいたと思ったら、アルムの口の端をぺろりと舐めて。それからふに、と唇同士が触れ合った。

「ソースが、ついてました」

顔を離し、はにかんで告げると「食器を返してきます」とルカはいそいそと部屋を出て行った。
不意打ちに大層驚いたアルムは頭が働かず「ありがとう」とだけ告げてその背中を見送る。
パタンと扉が閉じる音が聞こえると、テーブルに突っ伏して。

「……今のはずるい…」

顔中に血が集まるのを感じながら、アルムはぽつり呟いた。



この日 熱い夜を過ごしたおふたりでした

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