風邪引きルカくん | ナノ
風邪引きルカくん




作った食事の載ったトレイを持ち、街の宿にある部屋のドアをノックする。

「はい」

聞こえた声はいつもより嗄れている。
ドアを開けると、ベッドの上で横になっている愛しい人。

「…お邪魔します」
「おや、アルムくんでしたか」

行軍が一段落して街に着いた時、ルカは熱を出してしまった。
大いに慌てたアルムが彼を診療所に引っ張り込むと、診断結果は疲労から来る風邪。

自己管理がなっていなかったと自責の念に駆られているルカをクレーベが諭し、他の兵たちの休暇を兼ね街に留まる事と相成ったのである。

「ルカ、具合はどう?」
「熱がまだありますが…お蔭様でずいぶん楽になりました」
「よかった」

サイドボードにトレイを置いて、ベッド脇の椅子に腰かけてから一息吐いてルカの顔を見つめる。
熱のために上気した頬で向けられる微笑みが非常に扇情的だった。
今すぐにでも押し倒して貪り尽くしたい衝動に駆られたが、相手は病人。
無理をさせてはいけない。我慢我慢と、アルムは出てきた唾を飲み込む。

「そうだ!僕、麦粥を作ってきたんだ」
「アルムくんが?……申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに、手間を掛けさせてしまいました」

申し訳なさそうに眉を落としたルカに、アルムは首を横に振ってみせた。

「好きでやってるんだから謝らないでよ。僕が病気すると、じいちゃんが付きっ切りで看ててくれてさ。真似してみたかったんだ」

少し悪戯っぽい笑みを向ければ、ルカの方もつられたように安堵の笑みを浮かべる。

「そう言ってもらえて心が軽くなりました。……それでは、いただきます」
「一人で起きられる?手伝うよ」

起き上がろうとしたルカを支えようと背中に触れ、その熱さにアルムは不安を滲ませた。

「まだかなり熱いじゃないか…。ルカ、無理してない?」
「大好きなアルムくんが居てくれるんです。嬉しくて元気が出てきましたし、このくらい何ともありませんよ」

恥ずかしげもなく発せられた言葉に、アルムは自分の顔が真っ赤になっていくのを感じた。
起き上がったルカがそれを見て、オロオロ狼狽えている。普段はとても見られないような表情だ。

「アルムくんの顔が赤く…まさか服越しに触れただけで私の風邪が…」
「いやいや!気にしないで!ほら、食事にしよう?栄養つくものたくさん入れたんだ」

食器の上に載せてあったフタを取りルカに見せてやる。

「マナの草ににんじん…あとは市場で買った野菜。他にも色々」
「マナの草ににんじん…ですか」

使用食材を聞いたルカがあからさまに顔を顰めたのを気にも留めず、アルムは続けた。

「ルカが苦手な材料が入ってるのは分かってる。でも、風邪によく効くんだ」
「…そ、それは私も承知しています……しかし…味が、その…」
「材料は全部細かく切ってあるし、好物のチーズも摩り下ろして入れてある。一口だけでも残してもいいから、食べてみて」
「……うぅ…はい…」

自分の為に手間を惜しまず食事を作ってくれたアルムの厚意を無にしてはいけないと、ルカは覚悟を決める。
決め手の半分以上は威圧のように向けられる眼差しに耐えきれなかったせいなのだが。

「ありがとう!じゃあ、食べさせてあげるね!」
「だ、大丈夫ですよ。自分で食べられますので食器を…」
「ダーメ」

言いながら、近付いてきたルカの手から食器を逃がすように遠ざける。

「じいちゃんの真似がしたかったって言っただろう?ルカには、治るまで僕に甘えてほしいんだ」

スプーンで粥を掬い取り、適度な熱さに冷ましてから口元まで運ぶ。
そして。

「ほら、あーんして」
「ぁ、あーん…」

ご丁寧に言ってくれる所が律儀だなあと思いながら食べる姿を眺める。
次の分も用意しようとしたが、まずは様子を見ようと食器をトレイに戻し完全に飲み込むまで待つ事にした。

「……どうだった?」

飲み込んだ事を確認してから、恐る恐る尋ねてみる。

「美味しいです。これなら食べられます」
「お世辞とかじゃなくて?」
「勿論。嫌々食べているように見えましたか?」

言われて食べている所を思い出す。口に入れる時こそ若干涙目だったが、咀嚼している時はそこまで無理をしている感じはしなかった。
微笑むルカに思い切り抱き付いて。

「よかった…!ルカにはああ言ったけど苦手なもの食べさせて嫌われたらどうしようかと不安で不安で…」
「私を想ってしてくれたんでしょう?それに、その程度で嫌いになったりしませんよ」
「ル、ルカぁぁぁ〜〜!!」
「もう、アルムくんたら…」

アルムの頭をよしよしと撫でる。暫くそうしてやると満足したのか食事の途中だった事を思い出したのか、再びスプーンで粥を掬い始めた。

__________


「アルムくん、ご馳走様でした」
「お粗末様でした。全部食べられたね」

偉い偉い、と今度はアルムがルカを撫でた。普段とは逆の立場になったルカは少し照れくさそうに目を細める。

「まだ起きてても平気?」
「はい。平気ですよ」

返事を聞いて、食事と一緒に運んでいたポットからカップに飲み物を注ぐ。
湯気と一緒に甘い香りが漂い始めると、ルカの表情が嬉々とし始めた。

「じゃあこれも。はちみつレモンだよ。ルカ、甘いもの大好きだったよね」
「ええ、大好物です!!」

いつになく興奮した様子でルカがカップを受け取る。それはもう、アルムが熱いから気を付けて、と言う暇もないくらい動作が早かった。
あの見た目で実は甘いものが大好きだなんて。加えてにんじんが苦手な所もとんでもないギャップだ。
戦場での立ち居振る舞いはあんなに凛々しくかっこいいのに、幸せそうにはちみつレモンを飲む姿はこんなに可愛い。いや違う、いつ何時もルカは可愛い。一挙手一投足が可愛い。

「アルムくん。…アルムくん?」

頭の中でルカ可愛いを連呼しているうちに、声を掛けられていたらしい。
返事をしないアルムをルカが不安気に見つめていた。

「あ、ごめん。考え事してた。どうしたの?」
「これも飲み終えた事ですし、一眠りしようと考えているのですが…」

言い出し辛いのか、その、とか、ええと、を繰り返して目を泳がせている。

「大丈夫。僕も一緒に付いてるから、ゆっくり休んで」
「……よく分かりましたね」
「分かるよ。病気の時って人恋しくなるじゃない」
「アルムくん…ありがとう。嬉しいです」

横になったルカにキルトを掛けてやり、それからきゅっと手を握る。
初めは驚いて目を見開いていたルカだったが、すぐに顔を綻ばせてアルムの手を握り返した。

「それじゃあルカ、おやすみ」
「おやすみなさい、アルムくん」

言って、ルカは目を閉じる。
やはり本調子でないせいか、あまり時間を置かずに聞こえて来た寝息。

(早く元気になれますように)

空いている方の手でルカの前髪を掻き分ける。
顔を出した額に、アルムはまじないのように数回、口づけをした。

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