の理由 | ナノ
アルムくんの朝帰り




時間はもう真夜中を過ぎて、空が明るくなりはじめていた。
深夜に部屋を抜け出したアルムは、急ぎ宿へ向かう。
外から見える客室の窓はほとんどが暗い。彼に充てられた部屋も例に漏れず暗かった。
この様子なら同室のルカはまだ眠っているから、何かを言われることもない。

(ただいまー……)

可能な限り静かにドアを開け頭の中でただいまを言う。抜け出した先で服を汚してしまったので着替えを取り、共同浴場に向かおうとした所で。

「随分遅いお帰りですね。アルムくん」

声と共に火を灯されたランプが部屋を照らす。
口調は至極穏やかだけれど、今のアルムにとってその声は身が凍りつくようなものだった。
油の足りない機械のようにぎこちなく振り返ると、同室者は声色と同じ穏やかな顔でアルムを見つめている。これが、彼には余計に恐ろしく感じた。

「…起きてたの?」
「はい。アルムくんが数日前から部屋を抜け出しているのも知っていました」
「全部ばれてたのか…」
「気配には敏感な方ですから」

ルカの発する言葉ひとつひとつに棘があるように感じて、非常に居心地が悪かった。
これは確実にお怒りコースだと、アルムは素直に部屋を抜け出した事を謝罪する。

「何も言わずに出て行ってごめん。怒ってるよね」
「いいえアルムくん、私は怒ってなどいませんよ。心配していただけです」
「え?」

キョトンとルカの方を見つめていると、ほら、と汚してしまった衣服を指差された。

「アルムくんももう子供ではないのですから、何をしても構いません。でも、無理だけはしないでほしいんです。何日も続くと流石に心配で…」

言って、アルムを抱き締める。きちんとそこにいるのを確かめるように、強く強く。

「泥濘で転んだだけ。ルカの服が汚れちゃうよ」
「構いません」
「もしかして……寂しかったの?」

そうだったらいいな、という願望も込めてアルムが尋ねてみる。
ルカは返事をしなかったが、代わりに腕に込められた力がそうだと言うように強くなった。少し痛いくらいだったけれど、嬉しかったのでアルムはされるがままにしている。

「ルカ、抜け出すのは最後だからもう心配しないで。やっと報酬が出たんだ」
「報…酬?」

最後と聞いて安心したのか話を聞くためかは分からないが、ようやっと腕が離れ、鈍い李色の眸子が真っ直ぐアルムの顔を見つめた。

「そう。お金稼ぎにちょっとした材料集めの依頼を受けてさ。さっき全部納品したから。特殊なやつで探すのに時間はかかったけど、金貨2枚も貰ったよ」

懐から報酬の入った袋を取り出し、中の金貨を得意気に見せて。
嬉しそうなアルムを見て、自然にルカも顔を綻ばせる。

「それはよかった。店が開いたら早速お買い物ですか?」
「ううん。最近はリゲルも動きを見せないから、少しの期間の休暇が決まったじゃない」
「はい」
「滅多にない事だし、今日起きたらこのお金でゆっくりデートでもしよう」

お揃いで何か買おうとか、街の名所や美味しいお菓子屋さんの場所を教えてもらったとか。
計画も全部立ててあるんだとか。
もっと言いたいことがあったはずなのに。
予想外の出迎えのお蔭でそれらは全て頭の中から飛んで行ってしまって、実に簡単な一言になってしまった。

「………どうかな?」
「ええ、喜んで!ですがアルムくんにだけお…」
「お金を出させるなんてって言うのは無しだよ。僕に全部任せて付いてきて。それが駄目ならデートは中止」

困った顔をして見せたルカに「どっちがいい?」なんて聞いてみるアルムの顔は、ほんの少しだけ楽しそうだった。

「任せるか中止なんて言われたら、お任せするしかないじゃないですか……アルムくんのいじわる」
「ルカが気遣い過ぎなんだよ」

言い返しているつもりらしい。少しの間の後にルカが口を尖らせて一言付け加えた。
しかしアルムは気にする様子もなく、満足したような顔をしてそれを跳ね除けてみせる。

「じゃあ、一緒にお風呂に入って寝よう。僕に抱き付いて汚れちゃったでしょ」
「はい。……あ、その前にアルムくん。その…我儘を言っても…?」

返事を聞いたアルムが手を取り、ドアを開きかけた所でルカがすまなそうに切り出した。
彼は普段、自分からこういう事を言ったりしない。なのでアルムは「何でも言ってみて」とそれを快諾する。

「アルムくんはお疲れでしょうし、デートは明日にしていただきたいんです」
「え、別に平気だよ?物凄い元気。だからルカは気を遣い過ぎなんだって」

寝ずの番で徹夜は慣れっこだしなんて笑ってみせるアルム。

「いえ、そういう事ではなくて…。あの…実は私、大好きなアルムくんを傍で感じながら、一日中ゆっくり読書をしたくて。よければ…お付き合いいただければ、と……」
「ええと、それって…どういう意味?」

ルカから放たれた“感じながら”という言葉の衝撃が強すぎて、アルムの頭には読書の言葉が入って行かなかった。
感じるというただひとつの単語を、言葉そのまま捉えていいのか意味深な方に捉えればいいのかで大いに迷い、ひたすら混乱して。
なので彼は確認をしたくて聞き返したのだが、ルカはそれを悪い方に取ったらしい。アルムを不快にさせまいと、慌てて口を開く。

「……申し訳ありません。やはり、行き過ぎた我儘でしたね。忘れてください」
(あー!言葉そのままの意味だった!!僕の馬鹿!)

深々と頭を下げた後、ぎこちない笑顔を見せて「お風呂、先に行きます」と言うものだから、アルムは思わず声を荒げてそれを止める。

「……どう、しました?」
「理解に時間が掛かったせいで、勘違いさせちゃったね。ルカ、デートは明日にしよう。僕もきみを感じながらゆっくりしたい」
「はいっ!アルムくん、ありがとうございます!」

先程までとは打って変わり花の咲いたような笑顔で返事をしたルカを見て、元々あまり無かったアルムの疲れは吹っ飛んで行ったのだが、それは言わないでおくことにした。

代わり、ルカの我儘に付き合ったアルムは蛇の生殺し状態を思う存分味わい、疲労困憊でその日を終える事になったのである。



深夜テンションで一気に書いたので誤字脱字みつけたらこっそりなおします
アルルカらぶらぶデートのお話もいつか書きたい

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