[act.7] 「皆準備はいいかい?」 バスの中で声がかかった。 金曜日の夕方から山荘で合宿らしい。 青学と一緒だから結構広いのだろうか。 そんなことを考えながら窓の外を見る。 ………眩しっ! 夕方の西日が眩しくて、目が細まる。 「酷い顔だな」 「うっるさい!……蓮二だって年中眩しそ……ぶっ!」 「ほぅ?なんだ、もう一度言ってみろ。」 「ヒィッ!にゃんでもありましぇん!(なんでもありません)」 「そこ、イチャイチャしない!」 私は顔を捕まれてこの上なく酷い顔をしているのに、この会話のどこがイチャイチャなのか、教えていただきたいです。 そんなツッコミを心で入れながらバスに揺られる。 今乗っているのは、R陣と荷物がギリギリ乗るくらいの小さいバス。 そして私は窓際。 私の隣……つまり通路側には蓮二が座っている。 実をいうと、この席は私が必死で陣取っていたのだ。 『蓮二はここね!』 と笑顔で座席を叩くと、彼は少し固まってから大きなため息をついた。 『蓮二、もしかして窓際がよかっ……』 『黙れ』 という会話があったのはなかったことにしよう。 そして私は、バスに揺られながらいつのまにか今日の疲れを癒していた───。 *********** 「──きろ、起きろ──若菜、起きろ。」 「んーーー?」 顔を上げるとそこは… 見慣れた教室。 「……学校?!」 「何をそんなに驚いているんだ。」 「だって、これから合宿に行くって…バスに乗って───。」 「今日の夢はやけに現実的だな。」 そう言ってクス、と笑うのはやはり蓮二。 私はどうやら放課後の教室にいるらしい。 机の上を見ると、ノートが開けてあり英語と数字がつらつらと並んでいる。 数学のノートみたいだ。 「教えようか。」 「えっ…いいの?」 蓮二が見返りもないのに教えてくれるなんて…! 驚くと彼は不思議そうな顔をした。 「いいに決まっている。…どうした、今日は一段と変だな。熱でもあるのか?」 「え、いや、あの……!」 彼の手が私の額に当てられる。 いきなりの…そして、いつもでは考えられないような行動に固まる。 え…蓮二が、え……? 「熱はないみたいだな。お前に風邪をひかれたら困る。」 「……ど、どうして?」 「お前に会えないと、俺が寂しいだろう。」 ********** 「もう着くよ。あれ、朱鷺原寝ちゃったんだ?」 前の座席から顔を出す精市。 既にニヤニヤと顔を緩ませている。 「なんだ。精市、前を向け。」 「ふふ…何って、二人がラブラブだなぁっt」 「いいから前を向け。」 怖いくらい楽しそうな笑顔を見せる精市を、無理矢理前を向かせようとも思ったが、それも叶わず。 なぜなら、肩にはスヤスヤと眠る顔があるからだ。 きっと精市がニヤついていたのもこれのせいだろう。 「……ん……蓮二…。」 消えそうな声で俺の名前が聞こえた。 少し重い肩に目をやると、彼女はまだ寝ている。 寝言か…? 「全く…」 大きなため息をつく。 バスの中で何回目のため息だろう。 スヤスヤと眠る顔はいつものうるさい彼女とは違ったように見えた。 「(…………よく寝るやつだな)」 「ふふっ………へへ、ぐふふ……」 「………。」 「ふへっ……蓮二ー、そんな、……うふふ……」 なんだ、気持ちが悪いな。 純粋に…心の底からそう思った。 そして俺は、幸せそうに笑っている彼女の鼻をつまんだ。 「……………っ!!!!!!」 「おそよう。」 「……っぷはっ!!…蓮二!!!」 目をかっ開いて飛び起きた。 彼女を鼻で笑ってやった。 「起こし方が優しくない…。」 「は?」 「蓮二!私熱あるかも!!」 いきなり目を輝かせて、俺の方に向き直す若菜。 ついに頭のネジが外れたか。 俺は前髪を上げて額を出している彼女を指で弾いた。 「……で、…っ…でこぴんっ!?」 「熱があるやつが自分から額を出すか、普通。第一、ナントカは風邪を引かないんじゃなかったか?」 「ば…馬鹿じゃないもん!」 彼女は、額を摩りながらそっぽを向いた。 数分も経たないうちに、またこちらを向いた。 額が赤い。 「私が風邪引いたらさ、蓮二はどうする?」 「…困るな。」 「それは、もしかして……!」 「あぁ、マネージャーの仕事が上手く回らない。」 頬を軽く膨らませ、眉間にシワが寄っているところから、怒っているようだ。 一体どんな夢に影響されたのやら。 「優しい蓮二はいずこへー!!!」 それはそれは優しくて (バスの中で大声は出すな。) (大丈夫だよ、今の蓮二も好きだから!) (何の心配だ、何の。) 「お取り込み中のとこ悪いんだけど、お二人さん。もう着いたよ?」 ********* 優しいのも好きだよ |