頂き物 | ナノ

『ずっと、いっしょ。』


アリス、

俺たちのアリス。


俺たちの

腕は、

足は、

体は、

どうして――…。



*****





ぽかぽかと日差しが暖かい昼下がり。
青い空には真っ白なひつじ雲が泳ぎ、休日ならではの長閑な空気を漂わせている、そんな時間。


「オジサーン、オジサーン!」

「遊びに……きたよー…」


まだ変声期を迎えていない少年と、今にも眠ってしまいそうな覇気の無い声に呼ばれて、俺は雑草抜きをしていた手を止めた。
長時間しゃがみっ放しだったせいで、立ち上がった途端に軽く立ちくらみがする。塀に寄りかかりながら庭を見渡すと、粗方綺麗になっていた。
丁度いい頃合だ、終わるとしよう。


雑草でパンパンになったゴミ袋を抱えて玄関へ行くと、そこにはぶかぶかの服に身を包み、これまた大きなシルクハットを被った少年がドンドンと玄関を叩いていて。
その足元では玄関のガラス戸に顎をくっつけたまま、中途半端な体制で眠っている小型犬ほどの大きさもあるネズミがくぅくぅと寝息を立てていた。


彼らは帽子屋とネムリネズミ。
ふらりと現れてはわいわいと騒いで帰る、不思議な子供たち。
俺の家には生首の猫が住んでいるが、どうやらその仲間らしい。


「オッサーン!いないのかー!?」

「だ〜れがオッサンだって…?」

「ギャーッ!出たー!!」


聞き捨てならない言葉に首根っこを捕まえると、帽子屋はぎゃいぎゃいと喚きながら、それでも帽子はしっかりと落ちないように押さえていた。
足元のネムリネズミはと言うと、いつの間にやらちゃっかり俺の足を枕にしてやがる。

…ったく。
憎めない、ガキどもだ。






「大体、あんなに戸を叩いたらうるさいだろう!呼び鈴があるんだから呼び鈴を押しなさい」

「だって…」


ネズミの絵柄が描かれたマグカップで昆布茶を啜りながら、帽子屋は長いズボンの裾を縁側でブラブラと揺らしていた。
何かを言いよどんでいるのか、「だって」と言ったきり帽子屋は続きを口にしようとしない。

すると、膝の上でチューチューと牛乳を飲んでいたネムリネズミが、くいっと袖を引っ張ってきた。


「背が……届かない…から……」

「は?」

「ネッ…ネムリン〜!!」


ネムリネズミの口を塞ごうと思ったのか、帽子屋は焦った様子でこちらへ走ってきたが、長い裾を踏んづけて畳の上で豪快なスライディングを見せていた。

あぁ…確かにこれくらいの身長だったら…。


「おい、ちょっとこっち来てみな」

「な、なんだよ離せよ!成長期なんだー!」

「こら、暴れるな」


ジタバタと暴れる帽子屋を柱の前に立たせると、ちょうど高い帽子の中間辺り、おそらく頭のてっぺんがある辺りの真横に、昔柱につけた傷が並んだ。

それは亜莉子がまだ幼かった頃、5月5日につけた傷。
この頃の亜莉子は、あとちょっとの所で呼び鈴に手が届かないのが悔しかったようで、一時期ぴょんぴょんと玄関前で飛び跳ねていたもんだ。


「やっぱりな、昔の亜莉子と同じ高さだ」

「アリスと?」

「あぁ。その頃にもお前らは一緒にいてくれたのか?」

「僕らと…アリス、ずっと……一緒…」



*****




『帽子屋のチビー!』

『アリスだってチビのくせに!』

『じゃあどっちが高いか背くらべ!あ、帽子は背に入れちゃダメだからね?』


*****





ふと帽子屋を見ると、彼はだらんと長い袖を揺らしながら、しきりに柱の傷と自分の背を比べていた。
亜莉子もああやって自分の背を比べていたな、と微笑ましくなる。


『ほら、伸びたよ!』


そう言って笑う亜莉子を見るのが好きで。
その反面、どんどん成長していく姪が、日に日に遠い存在になっていくような寂しさもあって。


この子もこの柱の傷を、どんどん追い抜かしていくんだろうか?
いつか俺の家にも遊びに来なくなって、何年後かには存在さえ忘れ去られてしまうかもしれない。


「…そうなったら、寂しいもんだなぁ」


不意に零れた独り言に、一人と一匹が「オジサン?」と首を傾げる。
よいしょ、と抱き上げる小さな体。
気のせいだろうか?前に抱き上げた時より、少し重くなっている気がした。



*****




『本当にこのサイズでいいんですかぁ?』

『ぶか…ぶか……』

『あぁ、なんてったってオレは“セーチョーキ”だからな!』


*****





「お前らが大きくなるのは寂しいな、って話だ」

「はぁ?オッサ…オジサンが?」

「さみし……がりや…?」

「ははっ、そうかもな」



亜莉子がこの家に帰ってきてくれてから、随分と大切な存在が増えた気がする。

亜莉子の笑顔、
掴みどころのないチェシャ猫、
明るくなった母さん、
…どこかの変態親父に、

こいつらみたいな、亜莉子をずっと守ってきてくれた存在。


そんな大切な存在を守りたいと思うのに、ほんのちょっと目を離している隙に見違えるほどに成長してしまって、いとも簡単に俺の腕をすり抜けていく。
勿論それは喜ばしいことではあるのだが、同時にとても寂しいことでもあった。


「だい…じょうぶ…」


きゅ、とネムリネズミが小さな前足で肩に抱きついてくる。


「僕たち……いっしょ…だよ…、帽子屋も……ね…?」

「ネム、リン…」



*****




――なぁ、ネムリン。

どうしてオレの腕は、いつまで経っても伸びないんだ?
どうしてオレの足は、いつまで経っても短いままなんだ?
どうしてオレたちの体は、いつまで経っても小さいままなんだ…?



なぁ、ネムリン。

オレたちは、アリスに置いていかれちゃうのかな。
もう帽子含めたって、



アリスに届かないんだ――。


*****





ネムリネズミが片方の手を帽子屋に伸ばす。その小さな手を袖越しの手が握り、もう片方の手は偉そうに腰に当て、帽子屋はいつもの調子で元気良く言った。


「…あぁ、オレもいっしょだ。しょうがねーから一緒にいてやるよ!」

「ははは、ありがとな」


その優しさに、俺はまた“さみしがりや”になるんだろう。
だけど、それも悪くない。



今日は久し振りに工作でもしようか?
三人で一緒に、小ぶりな台を作るんだ。こいつらはペンキで好きな色でも絵でも何でも塗ればいい。

いつでも遊びにこれるように、玄関に手作りの台を。


皆で、いっしょに。



-END-



……………

『水道水〜流れ☆』手動販売機様より。
3周年記念フリリク企画で「和田さん+お茶会コンビのほのぼの小説」をお願いして書いていただきました。

書いてくださって、ありがとうございました!
3周年おめでとうございます!



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