original | ナノ
どうせなら一歩進んでみませんか?



真夏。
晴天。
うだるような暑さ。
蝉の声。
長い坂道。
昇降口。
いつもの時間。

「おはよ、ナツ」
「おう」

いつもと同じ挨拶。

「今日あちーねぇ」
「あっちぃなぁ…フユ、ちょっとお前息止めろよ」

いつもと同じ軽口。

「私が息止めたって温暖化はとまらねぇよ」
「ち、使えねぇな」
「はぁ?じゃああんたが止めろ」
「………」
「おお、風が涼しい。ナツそのまま息止めといてよ」

バカみたいな会話。
教室まで一緒に行く。

「………ぷはぁ」
「ちょっとーなに息してんの」

教室につき鞄を置く。
クラスメイトに挨拶しながらナツと軽口を続ける。
いつも通り。

「お前は俺を殺す気か」
「いやいや死んだらやだよ」
「…おぅ、俺もフユが死んだら嫌だな」
「うん」
「うん」

私はあんたが好きだよ。
あんたも私が好きなんでしょ。
知ってるよ。
でも、言わない。

「ねぇ放課後アイス食べたい」
「おーいいな」
「駅前のさぁ、なんだっけ、最近できたとこ」
「あー…なんだっけな」

気が付いたら、息をするようにこいつのことが好きで。
もう何年もこの関係。
好きだと気が付いても、新しい関係になりたいと思わなかった。

けど。
私はナツに、言わなければならないことがあるんだよ。


「ふーゆちゃん♪」

私とナツが会話をやめると、クラスメイトが茶化しにくる。
これもいつもと同じ。

「相変わらずラブラブですねぇ夏冬コンビ」
「付き合ってないしラブラブじゃない」

あいつがナツで、私がフユだから、夏冬コンビ。
小学生の頃から呼ばれている単純なあだ名。
バカっぽいけど、嫌いではない。

「ていうかあんたら本当なんで付き合わないの?両思いじゃん」

このセリフ、聞き飽きた。
ちなみにナツもあっちで男子連中に同じこと言われてる。

「「別に、付き合ってどうにかなるわけじゃないし」」

意図せずあっちで話してるナツとハモった。
教室内がどっと笑う。
ナツも笑ってる。
私は苦笑いだけど、誰も気付きはしないだろう。

ナツがそう思ってるから、私もずっとそう思ってたから、これからもそのつもりだった。

ああだけどそれは、毎日側にいて笑えるからだったのよ。


「どうした?アイス溶けるぞ」
「…ぅわ、まじだ」

少しぼーっとしすぎたようだ。
アイスが溶けて手についた。
ナツがティッシュを私のポケットから出して、アイスを拭く。

「さんきゅう」
「ゆぁうぇるかむ」

女子のスカートのポケットに手を突っ込むのはちょっと問題だけど。

「ねーナツ」
「なんだフユ」

蝉の声がうるさくて、ナツの声が聞こえないよ。
暑い。
熱い。
溶けそうだ。

うつむく私と、空を眺めるナツ。
対象的で、夏と冬みたい。

「私さぁ…」

あついのは気温か頬か目頭か、繋いだナツの手か。

…ぜんぶ、あついよ。

「引っ越すんだ」

ナツが酷く驚いてこちらをみた。
私はナツをみない。
ただ、繋いだ手をぎゅっと握った。

沈黙。
それは数秒だったか数十分だったかわからない。

「いつ」

ぎゅっとナツが手を握り返し、ぽつりと聞いた。
今は私が空を眺めていて、ナツはうつむいている。

「…来週」

ぎゅう。
ナツの手の力がどんどん強くなる。
痛いくらいだけど、今の私にはそれくらいで丁度いい。
涙を堪える為に。

「そうか」

それきりお互い一切何も喋らず、真暗になるまでそこにいた。
ただ、手を繋いで。


それから私が引っ越しの前日まで、私とナツは一切言葉を交わさなかった。
ナツが私を避けているのは一目瞭然。
周りはしばらくは喧嘩したのかとか騒いでいたけど、私が引っ越す話を聞くと、気まずそうに私たちをみるようになった。

そんな目でみないでよ。
私とナツは付き合ってなんかなかったんだから。
そう、だからこれは別れじゃない。
ただ距離が出来る、それだけ。

それだけ。

放課後、なんとなく帰るのが嫌で、1人教室でぼんやりと校庭を眺めていた。
引っ越す前に、たくさんのものを焼き付けておきたかった。

「…フユ」

ガラリと教室のドアが開き、そこにはナツの姿があった。
久しぶりに聞くナツの声に、涙が出そうになってしまう。
こんなに話さなかったのって、初めてなんじゃない?

「…もう、引っ越し明日だよ。ナツが避けるからさぁ…ちゃんと話せなかったじゃん」

いつも通りの軽口を叩きたくてそう言ったけど、笑顔が失敗して、苦笑いになってしまった。

ナツは私の前までやってきて、うつむいた。
無言のまま。

「ねぇナツ…私はね、ずっと今のままの関係でいたかったよ」

私はナツが好きで、ナツも私が好きで、でも付き合ってはいない。
幼馴染のままの心地良い関係。

「今の関係を壊したら、もっといい関係にって思えなかった。変わるのが怖かった」

でも毎日会って側で軽口を叩くのはもう、出来ない。

「ナツ、私らはもう今の関係じゃいられない。私は、」

一度言葉を切って、うつむいているナツの手を握る。
ナツはようやく顔を上げて、私と目を合わせた。

「私は、ナツのことが好き」

どうせもう元には戻れないなら。

「引っ越して、これでバイバイなんてしたくない。関係に、形が欲しいの」

幼馴染で、元クラスメイト。
そんな薄い関係じゃ、きっとすぐ消えてしまう。
だから、もっと強い関係の形が欲しい。
距離に負けないように。

「もう戻れないなら…どうせなら、一歩進んでみませんか?」

友達でも幼馴染でもクラスメイトでもない、新しい関係に。

3秒後、ナツは私を抱きしめた。

どうせなら
一歩進んでみませんか?

(俺だってフユが好きだって、言いたかったけど声が出なかった)