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踏切の向こう



友達は口を揃えて「そんな人はやめなさい」と簡単に言ってのける。わかってる、もう別れるべきなんだってことは。

「なぁこれ誰?」

私の携帯の着信履歴、「井上沙也加」を見ながら鋭い目でこちらを見てくる。
沙也加は友人の友人で、最近連絡を取るようになった子だ。もちろん女の子。
正直にそう言うと、ふーんと一言興味なさげに呟き、ぽいと放り返された携帯の画面には「着信拒否が完了しました」の文字。

「…ねぇ、なんで?」

沙也加は女の子だし問題なんてない、ただの友達。

「なんで?なんでがなんで?お前は俺のだろ、他の人間と話す必要がどこにあんの?」

真顔で、本当にそう思っているかのような口ぶり。
今までは女の子からの連絡は容認してくれていたのに。

嗚呼…いつからこうなってしまったのだろう。

彼は私を愛してる、だからこその行動なのだと自分に言い聞かせることしか出来ない、こんな関係はいつからだっただろう。

昔はこんなんじゃなかった。
多少やきもち妬きな人だとは感じたけれど、妬いた後は自己嫌悪にも陥っていたし、愛されてるなと嬉しくなるような可愛らしいものだった。
それが少しずつエスカレートしていって、このままでは私は彼を通さなければ何とも関わることが出来なくなってしまう。

別れようと、何度考えたことだろう。
私だけじゃない、私という存在は彼に悪影響しか及ぼしていないのだから。
こんな風に私をがんじからめにして、もともと繊細な彼の心が平気な筈なんてない。
それなのに、別れようと、その一言がどうしても言えないのだ。

本当に恋人を縛りつけているのは、私の方なのかもしれない。

彼に縛られることで彼を縛っている。
お互いが身動き出来ずに溺れていく。
それでも彼の側にいたいの。

私が携帯を鞄に仕舞うと、彼は立ち上がってぽつり、出かけようと呟いた。
珍しいね、と返しながら私も立ち上がる。
外に誘われることはここ最近滅多になくて、少し嬉しい。

しっかりと手を握って私を引っ張る彼について行きながら、これからに思いを馳せる。
こんな彼がいるのに就職出来るのかな、女友達も否定されてしまったけれどみんなになんて言おう、実家に帰ることももう出来ないかもしれない。

ドン。

意識がふわふわしていたから何が起きたのか全くわからなかった。
気がつくと私はでこぼこした地面に座り込んでいて、彼は少し離れたところで小さく笑っている。
頭の端で危険信号がカンカンカンと鳴っている気がした。

違う、頭の中じゃない。
これは警戒音だ。
私と彼の間に落ちる黒と黄色のライン。

そう、貴方は私を殺すつもりだったの。

電車が近づいてくる。
さっきまではこれからや周りの人のことを考えて頭の中がぐちゃぐちゃだったけど、今は貴方のことだけを考えていられる。

ごめんね、こんなに狂ってしまうまで何も出来なくて。
彼は私を殺すことで永遠に縛り付けることになり、私は死ぬことで彼を解放することになる。

きっとこれが今の私が彼にしてあげられる最善なのだろう。

「ごめんね、さよなら」

踏切の向こう
(お前を俺から解放してやる方法が、他に思いつかなかったんだ)



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