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生まれて此の方21年、特別"家族"と言うものを意識したことが無かった気がする。


母親は自分を産んで死んだと聞くし、
父親に関しては何の情報もなかった。



下町では両親がいない事はよくあったし、
それにハンクスじいさんを始めとする多くの住人全体が、
それこそ1つの家族の様に無意識に思っていたからかもしれない。


幼少期に一度だけ親友に家族は居なくて寂しくないのか、と聞かれた事があったが、
自分にとっての家族は下町の人達だったし、そもそも親の顔も分からない、
とありのままを伝えたら申し訳なさそうな、
此方が寧ろ悪い事をしてしまったような程の悲しい表情を浮かべ、
それ以降アイツは自分の前で家族の話を出す事は無かった。







「家族、ねぇ…」


ダングレストの酒場"天を射る重星"。
カウンターの一番端、
人目につきにくい此処は、自分の特等席になりつつある場所。


其処でふと親友の言葉を思い出してしまい、そんな事を独り言ちながら琥珀の液体を呷る。




「どったのせーねん、随分とメランコリーね」
「…、おっさんがメランコリーとか言うとなんかキモいな」
「酷っ!青年酷い!」



空気に霧散するはずだったほぼ無意識に口から出ていた独り言は、
事もあろうかレイヴンに拾われてしまった。



一瞬返事に詰まり、一応誤魔化したが、
この男のことだ、その一瞬にも気づいているに違いない。


「"家族"、がどうしたよ?」

「やっぱり聞こえてたのかよ…」

「あったりまえでしょー、おっさんの青年への愛をなめないでちょーだい」

そう言いながら、自然な動作で自分の隣の席に座り、いつもの、とマスターに頼む。


「んで、どったのユーリ」

レイヴンが自分を青年、ではなく名前で呼ぶ時は割りかし真剣な時で。


頼んだ酒を呑みながらいつものおチャラけた胡散臭い雰囲気ではなく、
まるで元帝国騎士団隊長主席を彷彿させる様な表情で、問うてきた。



その真剣な表情に気圧されたのか、それとも酔いの所為なのか、はたまたどちらともなのか分からないが、
既に気が付いた時には過去の親友とのやり取りを、全て話していた。


「"家族"ねぇ…」
「おっさんはどうなんだよ」


何気なく聞いてすぐ、後悔した。

レイヴンの顔がほんの一瞬歪んだのを見逃さなかった。


聞かなければ良かったと後悔しても遅い。

それが顔に出ていたのであろう。



「そんなに気にしなくて良いわよ〜、青年も変な所で気使うわよね〜」

「いや…、何か悪ぃ事聞いちまった気がしたから…」

「いいのいいの過ぎ去った事なんか気にしてないわよ」

「でも…」



嗚呼、何だか泣きそうだ、視界がぼやけてきた。

自分はこんなに弱かっただろうか、それともこれも酒の所為か、
泣き上戸じゃなかったはずなんだが。


どれだけ静寂が続いただろうか。
一瞬の様な永遠の様な。

居た堪れなくなり席を立とうかと思った瞬間、
レイヴンに頭を撫でられた、
いつもの掻き回すような撫で方では無く、
子供を慰める様な、あやす様な優しい撫で方で。

そして自分の頬に知らぬ間に伝っていた涙を拭いながら話し始めた。


「"レイヴン"じゃなかった頃の家族は人魔戦争に巻き込まれて街ごと消え去ったのよ。」



頭を撫でる手は優しいまま、彼の口からはとても簡素な言葉で纏められた凄惨な出来事が語られた。



それを言わせてしまった自分が悔しくて、情けなくて、また涙が溢れてきて、


もう酔いを言い訳にすることが出来なくなってしまった。



「でもね」


撫でる手をそのまま左の頬に下ろしてきて、レイヴンの方を向かされた。


「"レイヴンの家族"はきちんと此処にいる」

「……え」

「おっさんの家族はユーリ、お前さんや少年達よ。」

レイヴンの思わぬ言葉に頭が追いつかず間抜けた声が出てしまった。


「ユーリ、お前さんが思う"家族"のイメージ像ってどんな感じ?」


「…、楽しい事とか悲しかった事とか共有したり、皆で仲良く飯食ったり、時には喧嘩したりでも仲直りしたり…?
後は、
"おかえり"と"ただいま"が言い合える…居るのが当たり前、そんな感じ…」


今披瀝したのは当に幼少の頃に見てきた親友の家族のそれだった。


家族がいなくても大丈夫なんて言っていたが
心の奥底の何処かではやはり憧れていたのだ、あの関係に。



「それって、今のおっさん達とそっくりじゃない?」

「え…」

「だってそうでしょ?
楽しい事があったら皆で喜ぶし、悲しい事があったら慰めたりするし、悪い事をすれは叱ったりする。

ご飯だってそうじゃない、
野菜が苦手なカロルに好き嫌いはダメだ〜って青年窘めたり、
研究ばっかで食事しっかり摂らないリタっちには心配してサンドイッチ作ってあげたり…」




そこまで言われてハッとした。


「"家族"なんて定義は人それぞれで明確なものなんてきっとないと思う。

けどおっさんはバクティオンから帰ってきた時に皆が叱ってくれて、
それでも"おかえり"って言ってくれて、あぁ、俺の帰る場所は此処なんだ、って思えた。

嬢ちゃんだってきっとそうよ、操られていたとしても大切な人達を傷つけてちゃって、
きっと凄く辛かったと思う。

でも仲間達は諦めないでくれて、それで青年に"おかえり"って言ってもらえた、その言葉に"ただいま"って返せた。」



どう?と聞き返してきたレイヴンの声がやけに遠くに感じられた。



ーーー絶対に手に入る事の無いと諦めていたモノ。
必要のないモノとして、待ち倦むことさえも忘れてしまっていたモノ。




望んでも良いのだろうか?
こんなに簡単に手に入ってしまって、
それに縋ってしまっても良いのだろうか?


「レイヴンは…、オレを"家族"って思ってくれてるの、か?」

「さっきも言ったでしょーが、ユーリは俺様の一番大切な"家族"だって」













その後どう答えて、
レイヴンとどんな会話をし、
いつ酒場を出て、
宿に到着したか記憶がない。



気が付いたら宿の扉の前にいた。


扉を開けたらそこには寝惚け顔のカロルが
「あ…、おかえり2人とも…
遅いよ〜、明日だって依頼あるんだから…ね…」


そう言ってベッドに沈み、夢の世界に入っていったのだろう、
ムニャムニャと寝言を言っている。



「少年ったら、布団かけなきゃ風邪ひくわよ〜」

そう言いながらカロルに布団を掛けてやるレイヴンを扉の前で一人、見詰めていた。


「ユーリ、"おかえり"」



そう言われた途端、
生まれてからずっとぽっかりと空いていて、埋まる事の無いと思っていた穴がスッと暖かいもので満たされた様な気がした。







「ーーー"ただいま"」













(気付かないうちに、すぐ側にあった)







"家族"って何でしょうね。
もちろん血の繋がりの有無なのかもしれませんが、それ以上に何かがある気がします。
根拠は、無いです。

そんな私の気持ちをユーリとレイヴンに語ってもらいました、って小説です、それだけです。




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