夢も理想も腹の中

一度だけ、弘基さんに聞かれたことがある。
学校は楽しいか、不自由はないか、いじめにあったりはしていないか、金に困るようなことはないか、ばかにされたりはしていないか……。高校生に対してであることを考えれば、過保護だと言えるかもしれない。高校生は大人であり、子どもでもあるからだ。しかし私は弘基さんからしたらまだまだ子どもの分際であり、そして、同時に心配でもある。……そう、心配されていたのだ。この、私が。むず痒い思いで最初はいっぱいだった。
弘基さんが私を心配する理由は、私が考えている以上にあるのかもしれない。私が施設の出身だからかもしれないし、それともただ単に、自分が好きな美和子さんの養子だからかもしれない。私のことをもし少しでも好いてくれているのなら、私の事情を考慮してのこと、という可能性もある。例えば、私の施設時代からの幼馴染がちょっと病んでいる可能性があるから、それからの保護とか。…ああ、一番身近なのはこれかもしれない。

朝ご飯にと渡された紙袋を手に、徒歩30分圏内の場所に建つ学校に目を向けた。

「お、美陽ちゃんやん。おはよーさん。珍しいなぁ、1人で」
『おはよう侑士くん。ナイスタイミングだよ、実にタイミングのいい男だ。モテるのも納得の事実だね』
「ははーお世辞は間に合うてるで。……で?なんや、また学生証忘れたんか」
『忘れてなんかいないよ。抜かれただけで』
「お前らようやるなぁ…」

門の付近に立つ守衛さんに侑士くんが学生証を提示し、私を学生証忘れてもうたみたいで。友人でクラスメイトやし、保証しますよと口添えをしてくれた。

「……高等部2年A組暮林美陽さん、ですね。確認できました、お入りください。次は学生証を忘れないよう、気をつけてくださいね」
『はい、ありがとうございます』

苦笑する守衛さんには、もういい加減顔と名前を覚えられていることだろう。私が学生証を持たずに登校してくるのは、もう1度や2度のことではない。自分でも呆れるが、それでもやめないのは平和な朝を毎日迎えるためだ。
先に入って健気にこちらを待っていてくれた侑士くんの隣に並ぶように歩き始め、先ほど守衛さんに言ったように礼を述べた。かめへん。侑士くんは、何でもないというように返してきた。

侑士くん、改め、忍足侑士とは私が高校に入学して以来の仲だ。

高等部に進学すると、技術系と特別進学系のクラスに別れるという氷帝学園。私はこのままパン屋を手伝うつもりなので、技術系のクラスへと入ったわけだが、唯一の知り合いと言える玲衣は特別進学クラス。となれば、高校からの外部入学組の私に知り合いなどいるはずもなく、高校もぼっちを貫くのだろうかと思っていた。
その矢先にできた友達が、侑士くんというわけだ。

「今日のお昼、何?」
『メロンパン、チョコクロワッサン、カツサンドにフランスパンのBLTになってるよ』
「相変わらず、豪勢やなぁ」
『新学期だからね。美和子さん、張り切ってたんだ』

そして、それには私も加担した。ついでだからスープも作ってきたよ、と魔法瓶を見せれば、新学期は心躍るもんなぁと侑士くんは目を細めて笑った。
実際には、新学期だから気合い入れて作らなきゃね!と朝からたくさんのパンを焼く美和子さんの姿を見て、ああこれは朝ごはんもこの残りになるだろうなと思って、付け合せに作っただけである。それでも、春野菜をたくさん詰め込んだミネストローネスープは栄養バランスもいいはずである。

「今年度もクラス一緒やったし、ほなら、また1年間俺の分も昼飯、頼んますわ」
『承りました。1食300円で、美和子さんに払ってね』
「近いうちに店に行くわ」

じゃあここで。と、これから部活の朝練に向かうという侑士くんを見送り、自分もクラスの玄関へと向かった。
今日は製パン実習がない座学だけのため、1日中クラスに軟禁だ。
学生として学校で授業を受ける身としては、もっと真面目に勉強に励むべきだとは思う反面、どうも、パンの実習がないとやる気がイマイチでないという気持ちもある。美和子さんにあってからというもの、興味のベクトルが全てそちらに向いてしまう。何か、別に趣味を作ってみてはどうだろうか。幾度となくいろんな人に言われたことだが、今のところ、まだその趣味を見つけられてはいなかった。
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