:Unknown flower

「お、来たか」
『お久しぶりです今吉さん。ご住職も』
「これはどうもご丁寧に」
「言うてひと月しか経っとらんやん」

ぶひゃひゃと笑う今吉さんだが、月命日なのだから当たり前だ。毎月毎月、父の亡くなった日にお寺にお墓参りにやって来る。父が亡くなってからもうだいぶ経つ。いつの間にか、父に会いに来る人もいなくなってしまったのに、今吉さんだけは毎月欠かさずに来ていた。
墓周りを掃除する道具を持った今吉さんが、コンちゃんのリードを持った手とは反対側の私の手元を見て、それは何の花なん?といつもの質問を口にした。

『ガーベラだそうです』
「おっきくて存在感あるなぁ」

清二さんみたいやんなぁ。今吉さんの呟きには沈黙を持って返したが、なるほど、言いえて妙だなと納得してしまった。白河清二は私の父。生前、病床に臥す前は、確かにそんな存在だったのかもしれない。母に昔、そんな話を聞いたような。

「……ほなら、行こか」

今吉さんの声に従って、住職と別れて静かに歩き出す。もう何度も一緒に来ているから、その足取りは慣れたものだ。

父が亡くなったのは、私が小学校を卒業する少し前。六年生の冬だった。
生前、有名なテニスプレイヤーとして名を世界に轟かせた父は、母によると、生まれた頃から大病を患っていたらしい。現代の医療ではどうにもならない病気だったらしく、主治医にもずっと、この病気には短命の傾向がみられるから、あまり激しいスポーツは控えて大人しく暮らしなさいと言われてたらしい。もっとも、職業がプロのテニスプレイヤーだった辺りを踏まえると、医者の話は全くと言っていいほど聞いていなかったようだが。
父が亡くなって、お葬式の時に初めて今吉さんと会った。相当父のことを慕っていたらしい彼に、どんな父だったのかと聞かれて、ふと、言葉に詰まった。

どんなお父さんだったっけ。

「何や、先客が来とったみたいやんなぁ」
『え?』
「百合の花…」

今吉さんの呟く声に顔を上げる。父の墓前に供えられていたのは、確かに真っ白な百合の花だ。母のものではない。母はあの日から、一度も墓前には来ていないからだ。
特別、月命日に父の墓前にやって来る人物は思い当たらず、百合の花と共に供えるようにして、こちらも真っ白なガーベラをさす。
肩に乗っていたコンちゃんも降りて来て、花の周辺を歩き回ったかと思うと、すぐに止まって、こちらを向いてにゃあと鳴いた。

『……誰だろうねぇ』
「コンペイトウにもわからんか」
『コンちゃんが知らないんじゃ、私なんて』

さらに知ってるわけがない。忘れてることの方が多いんだから。つい口から出そうになった言葉を、何とか飲み込む。今吉さんの前で自虐なんて言ってみろ。あの真顔で、何でそんなこと言うん?なんて問い詰められたことを思い出す。とても怖かった。

「……そういえば佳織ちゃん。お母さんは来ないん?」
『母なら出かけました。葬儀の日以来、ここには来てないですよ』
「ふうん。……なんや、最近多いな。お出かけ」
『そうですねぇ…』

お互い鈍感なつもりはない。けれど口に出す勇気もない。
誰だか知らないが、月の挨拶に来てくれた人が増えてよかったではないか。そんな風に鳴くコンちゃんの目の前で、風もないのに白百合が揺れた。

next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -