今夜の罪と滅亡
同胞殺しの、千年を生きるBBがいる。
話には聞いたことがあったそれは、若い頃に誰かに聞いて、まるでお伽噺だと一蹴したものだ。まずBBが仲間を殺すだなんてこと自体が信じられなかったし、幾らBBが長生きをするほぼ不死身の生き物だといえど、千年は盛り過ぎだろうと思っていたのだ。
「えっ」
「ん?どうした少年」
「あっ、いや〜〜……何でもないっす」
数日前の全体ミーティングの時に見せた少年の反応を思い出す。最近この辺りに出没しているらしい、と件のBBのことを話題に出せば、ひとりだけ変わった反応をしていた。少年が自分達に隠しごとをしていること自体、今に始まった話ではない。それに、今さらあの時点でなぜ問いたださなかったのだと問答しても意味のないことだし、聞いていたとして、今の気持ちや状況が変わるわけではない。
つまり、ここまでの問答は意味のないものだったというわけだ。俺の、ただの現実逃避。
「……少年」
「すっ、すみませ、」
『自分が部下と連携を図れず、尚且つ、最も私に近かった自分がいちばんに気づけなかったことは棚上げにしてレオナルドを責めるの?上司としてどうかと思うよ』
問題の人物がよく言うものだ。
ビルの屋上、高い地面と空の境に立った彼女は、俺やクラウスがHLに入ってから何かと手助けをしてくれた友人だった。こっちのことは何も聞かずに、良心だけで手助けしてくれる。そんな彼女をいいな、と思っていたのも事実だ。
階下から睨み返す俺の横で、クラウスがむ、と唸る。仲間だった人。友人だった人。果ては、恋人だった人。そんな周りの人間に裏切られるのは、俺はもう慣れてしまったが、クラウスは別だ。俺は、クラウスにこんな思いをさせる彼女が、ナマエがどうしても許せなかった。
「ちょ、番頭達知り合いなんすか!?」
「どういうことよ、スティーブンセンセイ?」
「ちょっと黙っててくれないか。僕らだって困惑してるんだよ」
……本当に?
俺はクラウスにこんな思いをさせた彼女を許せない、だけ?
『……悪いね。クラウス、スティーブン。君達とは純粋に友人だったよ』
「だった、とは」
『全部お終いだクラウス。ばれてしまったんじゃ、もう友人としては付き合っていけない。ね、スティーブン』
「……くそが」
ナマエは、まるで俺が絶対にナマエ自身のことを絶対に殺すと信じているような表情をしてこちらを見てくる。ああ、そうだよ。クラウスが決心がつかないんじゃ、俺がやるしかない。
俺自身のことも知っている。
俺が持っている、私設部隊のことも知っている。
俺が関わっていく中で、ナマエに抱いてしまった気持ちも。
『さあ、初めましてのご挨拶だ。私はミョウジナマエ。お伽噺でも何でもなく、千年を生きて、千年の間、同胞ばかりを殺してきたBB。アルルエルや13王とも知り合いだけど、私が牙狩りにやられたとなれば、大きな牽制になるだろう』
「ナマエ…!」
『千年生きた私のフィナーレだ!派手に盛り上げておくれよ、人間!』
知ってる上で、酷なことを言う。
「……エスメラルダ式血凍道、」
いつもよりずるりと重い足を、何とか、気力で持ち上げる。ああ、おかしい。怪我なんてしていないし、コンディションも抜群だ。なのに何で、こんなにも重い。
ナマエから視線を外せない俺を、ザップやチェイン、少年が声をかけて止めようとする。
「何か、他に何か手があるはずだ!そんな、友達を殺すなんてっ、」
何か言ってくださいとばかりに少年がクラウスを振り向くが、ああ、いい子だ。昔、少年と一緒になって声を枯らさんばかりに吠えていた若者はもういない。
愕然とする少年の前に立って、かつての友人を見上げる。
「……僕の足で終わらせてあげよう。人間になりきれない化物め」
『やれるものならやってみるといい。化物染みた人間どもめ』
お互いを名前で呼び合う親しさも、互いを気遣い慈しみあう心も、互いを守るための手足ももうない。あるのは、蔑称と、殺意と、武器となった手足。
もう枯れ果てた瞳は、申し訳程度の潤いしかもたらさない。
これが大人というものだ、少年。
話には聞いたことがあったそれは、若い頃に誰かに聞いて、まるでお伽噺だと一蹴したものだ。まずBBが仲間を殺すだなんてこと自体が信じられなかったし、幾らBBが長生きをするほぼ不死身の生き物だといえど、千年は盛り過ぎだろうと思っていたのだ。
「えっ」
「ん?どうした少年」
「あっ、いや〜〜……何でもないっす」
数日前の全体ミーティングの時に見せた少年の反応を思い出す。最近この辺りに出没しているらしい、と件のBBのことを話題に出せば、ひとりだけ変わった反応をしていた。少年が自分達に隠しごとをしていること自体、今に始まった話ではない。それに、今さらあの時点でなぜ問いたださなかったのだと問答しても意味のないことだし、聞いていたとして、今の気持ちや状況が変わるわけではない。
つまり、ここまでの問答は意味のないものだったというわけだ。俺の、ただの現実逃避。
「……少年」
「すっ、すみませ、」
『自分が部下と連携を図れず、尚且つ、最も私に近かった自分がいちばんに気づけなかったことは棚上げにしてレオナルドを責めるの?上司としてどうかと思うよ』
問題の人物がよく言うものだ。
ビルの屋上、高い地面と空の境に立った彼女は、俺やクラウスがHLに入ってから何かと手助けをしてくれた友人だった。こっちのことは何も聞かずに、良心だけで手助けしてくれる。そんな彼女をいいな、と思っていたのも事実だ。
階下から睨み返す俺の横で、クラウスがむ、と唸る。仲間だった人。友人だった人。果ては、恋人だった人。そんな周りの人間に裏切られるのは、俺はもう慣れてしまったが、クラウスは別だ。俺は、クラウスにこんな思いをさせる彼女が、ナマエがどうしても許せなかった。
「ちょ、番頭達知り合いなんすか!?」
「どういうことよ、スティーブンセンセイ?」
「ちょっと黙っててくれないか。僕らだって困惑してるんだよ」
……本当に?
俺はクラウスにこんな思いをさせた彼女を許せない、だけ?
『……悪いね。クラウス、スティーブン。君達とは純粋に友人だったよ』
「だった、とは」
『全部お終いだクラウス。ばれてしまったんじゃ、もう友人としては付き合っていけない。ね、スティーブン』
「……くそが」
ナマエは、まるで俺が絶対にナマエ自身のことを絶対に殺すと信じているような表情をしてこちらを見てくる。ああ、そうだよ。クラウスが決心がつかないんじゃ、俺がやるしかない。
俺自身のことも知っている。
俺が持っている、私設部隊のことも知っている。
俺が関わっていく中で、ナマエに抱いてしまった気持ちも。
『さあ、初めましてのご挨拶だ。私はミョウジナマエ。お伽噺でも何でもなく、千年を生きて、千年の間、同胞ばかりを殺してきたBB。アルルエルや13王とも知り合いだけど、私が牙狩りにやられたとなれば、大きな牽制になるだろう』
「ナマエ…!」
『千年生きた私のフィナーレだ!派手に盛り上げておくれよ、人間!』
知ってる上で、酷なことを言う。
「……エスメラルダ式血凍道、」
いつもよりずるりと重い足を、何とか、気力で持ち上げる。ああ、おかしい。怪我なんてしていないし、コンディションも抜群だ。なのに何で、こんなにも重い。
ナマエから視線を外せない俺を、ザップやチェイン、少年が声をかけて止めようとする。
「何か、他に何か手があるはずだ!そんな、友達を殺すなんてっ、」
何か言ってくださいとばかりに少年がクラウスを振り向くが、ああ、いい子だ。昔、少年と一緒になって声を枯らさんばかりに吠えていた若者はもういない。
愕然とする少年の前に立って、かつての友人を見上げる。
「……僕の足で終わらせてあげよう。人間になりきれない化物め」
『やれるものならやってみるといい。化物染みた人間どもめ』
お互いを名前で呼び合う親しさも、互いを気遣い慈しみあう心も、互いを守るための手足ももうない。あるのは、蔑称と、殺意と、武器となった手足。
もう枯れ果てた瞳は、申し訳程度の潤いしかもたらさない。
これが大人というものだ、少年。
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