あなたに愛の花を

HLに平穏は似合わない。人間、そうじゃない者。そんな色々が入り混じった混沌を体現したかのような世界では、いつもがいつも、新鮮であって、そしてもう慣習化した非日常が起こっている。
なぜそんなところで花屋を開いたか。それは私がよく聞かれることであったが、何、そんなに難しいことではない。簡単なことだ。

だって、やってみたかったから。それにここには、いい条件が揃っていたし。

「失礼。ナマエさんはいらっしゃるだろうか?」
「うわっ!!…あっ、す、すみませんお客様!大変失礼しました!てっ店主なら……」
『お待ちしておりましたよ、ミスターラインヘルツ。今日はお早いんですね』

新しいバイトくんはこの赤毛の紳士を見るのは初めてだったらしい。驚かせてしまってすまない、というようにオロオロしているミスターラインヘルツと、それにまたさらにビビリ肩を震わせるバイト君を眺めているのは心底楽しいだろうが、それはそれでまたかわいそうだ。それに、評判第一のこのお店にその接客態度は頂けない。
バイトくんに別のお客さんへの応対をするように指示し、呼ばれた通りに手袋を外しながらミスターラインヘルツに近寄った。…少し、服が汚れている。仕事帰りだろうか。
彼の正面。直線距離、1メートル。お互いが手を伸ばせば、指先がかすれる程度の距離。

これが、花屋の店主である私、ミョウジナマエと、お店のお得意さんであるミスターラインヘルツの距離だった。

「いや、お待たせして申し訳ないナマエさん。たまたま、近くに来たもので」
『それはよかった。ミスタのお暇な時にいらしてくださいな。店はいつでも開いているし、お忙しいミスタに代わって花は手入れしておきますから』
「いつもお手数をかけてしまって、申し訳ない。手厚いもてなし、感謝する」
『こちらこそ、いつもご贔屓にしてくださってありがとうございます。さあミスタ、ご希望のお花はこちらですよ』

ミスターラインヘルツは花が好きなだけの、ちょっと強面だが、二枚目の紳士だ。先ほどの会話のように、今時珍しいくらいに紳士的で、気遣いと優しさの塊のような人。
うちはほぼ24時間営業の花屋。変な客も多くやってくるというのに、その中でも飛び抜けてうちには似合わない、普通に紳士な、お得意さん。
……ほんと、似合わない。
彼にはこんな古びた花屋より、最近の綺麗な建物とか、豪華な場所が似合うだろうに。しかし勘違いしないでほしい。来て欲しくないわけではない。

ミスタ好みにささやか程度に装飾を施した鉢をコトンと机の上に置くと、ミスタは静かに感嘆の声をあげた。

そう、これだ。これこれ。
これが嬉しくって、私はなんだかんだとミスタを甘やかしてしまう。お得意さんだからといって、ここまでする必要は本来ないのだ。

「やはり貴女に頼んでよかった…」
『ありがとうございます。難しい品種だったので、色々と試してみたんですけど……うまくいっていたら、2週間以内に花が開くはずです』
「!、ナマエさんが手を尽くしたのだ。花が開かないはずがない」
『まあ。買いかぶり過ぎですよ』
「そのようなことは……」

何か言いたげだが、その先が続かない。にへらと笑ったまましばらく待ち、何もないようなので仕事を再開した。

『ミスタのことですし、問題ないとは思いますが。もし葉に元気がなくなってきた様子でしたら、こちらのお薬を使ってください』
「ああ、何から何までありがとう」
『それから、』

えっとどこに置いただろうか。しばらくその辺をウロウロとして、ようやく戸棚の上に目的のものを見つけた。
この近くでは売っていない…というか、国が違うし、珍しいものが好きな彼ならきっと気に入るはず。自分がこの国の生まれでないことに感謝しつつ、それを再び手にとった。

『これ、よろしければどうぞ。私の故郷のものなんですけど、お気に召すかしら』
「…私に?よいのですか?」
『先程のお詫びです。まだ新しく入ったばかりのバイトの子ですから、大目に見てあげてください。……とはいえ、ミスタの繊細なお心を傷つけてしまいましたからね』
「それは…気にせずともよいことです。私の外見が恐ろしいことは、私だって十分に承知しています」
『でもとても優しいミスタに失礼でした。だからそれは受け取ってください』

半ば押し付けるようにして渡したそれと共に、お花も倒れにくいようにして紙袋に詰めた。まあまあ、これで多少倒れても大丈夫だろう。よほどスピードを出さない限り、なんとかなるはずだ。
お会計しながら、ミスタが紙袋の中をちらちらと見ている様子を伺う。なんと可愛らしいことだろう。
これで男性で、ガタイがいい強面だというのだから驚きだ。

『次のご注文はこちらですね。はい、承知しました。入荷したら、またご連絡致します』
「よろしく頼む。……今日はありがとう。では、また」
『ありがとうございました。お気をつけて』

彼はお得意さん。そして私は花屋の店主。
非日常に溺れそうなこの街で、わずかな心の安らぎを、今日もここで提供している。
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