ただわたしにだけ優しい

シーズンオフ中のある日。家に帰ったらなぜか高校時代からの友人の靴が玄関にあって、リビングに入ったら妻と友人が向かい合って深刻な顔をしていた。

「…………」
『…………』

何なんだあいつら超無言なんだけど。なまじお互い無表情がデフォルトな顔のため、なんか見ていて不安になる。
……まさか不倫?そんな言葉が脳裏をよぎる。
火神大我はバスケの本場、アメリカのNBAチームに所属する日本人選手だ。同じく日本に妻を残す青峰大輝と共に単身でアメリカで活躍し、輝かしい功績を世界に刻みつけている。
その間、火神や青峰の妻は、日本に1人。もちろん青峰の妻であるさつきも、火神の妻であるナマエも不貞を疑われるような人物ではないことは確かだし、この2人の女性はバリバリ仕事をこなす忙しい女性達だ。もし、仮にそんなことがあったとしても、そんな暇はない。
―――だが相手が黒子となればどうだろう。
火神の嫁であるナマエは、黒子とは中学時代からの悪友。高校まで一緒だった仲良しだ。一歩道を違えれば、なんて可能性も。

火神の妄想がヒートアップしたところで、ぼそっと、2人の呟きが聞いてとれた。

「…ネタが……ネタが…降りてこない……」
『……締め切り目前なのに……終わらない…だと……?』

こいつらにとってはありえない話だったか。つーか俺のハニーなんて俺にベタ惚れじゃねえか。俺もだけど。
途中スーパーで買った今日の夕飯の材料をキッチンで広げていれば、こちらにいち早く気づいた黒子が、「無視するなんて酷いじゃないですか火神くん…」と暗い暗い夜の底のような目でこちらを見てきた。やめろこっちみんな。あの目はだめだ。確実に何か俺を引きずり込もうとしている。死なば諸共、ってやつだろ?知ってんだぜ俺も。死ぬなら1人で死にやがれ。ただしハニーは別。

担当の電話が怖い…と呟いて震えていた妻もようやくこちらに視線を寄越し、ちょっとクマのできた顔で、俺に笑った。

『おかえりダーリン。帰ってたんだ』
「おう、今さっきな」
『そっかー。……ねえダーリン』
「ん?」
『……電話線引っこ抜いてあるけど、絶対繋がないでね』

………こいつら担当編集者から逃げてんのか!!黒子も一緒になって逃げているのだろう。たしかこいつも小説家だ。ちょっとアレな本の。
そんなことしてもすぐに担当さんが家に押しかけてくるのにな。そう思いながらもあまりにやつれた妻を放っておくことはできず、ああ…と曖昧な返事を返した。

「……ナマエさんは今何本抱えてるんですか」
『青春長編とグロ童話とコラムと短編集と雑誌連載……わあまだ5つもある…』

この世の終わりだ…と頭を抱えた妻が、さらに黒子にそっちはどうなんだと聞き返した。

「あとちょっとのところでネタに詰まって…。えげつないエロってなんですか官能小説家やめたい」
『わかるすごいわかるやめたい』
「官能小説家とか人様に言えませんよ…!」
『職質とかあったら絶対頭の心配される…自称?とか聞かれちゃうんだ……』

だろうな。官能小説家とか何も考えず言えるやついたら、それはそれで大物だろう。小説家には小説家の苦労があるんだなと思いつつビーフシチューの下ごしらえにかかる。
ダーリン助けてえええ……人間やめたい……。そんなこと言う姿でさえ愛おしいなんて思ってしまうのだから、俺もだいぶ絆されたものだ。

『ダーリィィィイイイイン……』
「はいはい」
「ダーリーン」
「お前の旦那になったつもりはねえ」
「ちょっときみの旦那さんひどいんですけど」
『私の旦那さんだからしかたあるまい』
「なるほど」
「おいこらそこ俺のハニーとこそこそすんな」

こんなことを日常的に過ごしている俺達のもとへ、担当さんが踏み込んでくるまであと数秒。
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