仕事の上で尊敬している教官といっても、やはり口には出さないだけで各々感じる欠点というものはあると思う。いや、欠点とは言いすぎか。そんな面があっても、まあ仕方がない、そんな面を見ても、こういうのがなぁ、なんて流されてしまうようなそんな小さなものだ。
誰しも、心当たりはあるんじゃないだろうか。

「おい笠原っ!」と堂上教官の少し張った声がぷんぷんと音を立てていそうな笠原の後を追うが、もう聞こえてないもんねとばかりに笠原は振り返らない。
堂上教官の手には笠原が落としたらしいご両親からのハガキが握られているが、それは「捨てといてください!」という笠原の声によって再び笠原の手に渡る希望がなくなった。何かを言おうと思ったらしい堂上教官は、何を思ったか、何も言わずに椅子に座りなおした。

その目がじっ、とこちらを向く。

「……遠山」
『はい』
「お前にも家族から連絡があっただろう。ちゃんと、その……返したのか」

てっきり、笠原のハガキでも渡せと頼まれるかと思ったが。
笠原に引っ張られながらこちらの様子を遠くから窺う柴崎に、先に行ってくれと促して体ごと向き直った。……ああ、小牧教官の口角が上がっている。瞳が面白そうに輝いている。小牧教官、こういうのが、なぁ…。

「あれ、男の人の名前だったよね。ほんとに家族?彼氏じゃなくて?」
「おい小牧」
「気になるよね、やっぱり」

元武偵のそういうの。
なんて心底楽し気な声でこの人は言うのだろう。ため息を飲み込んでそういうのじゃありませんよ、なんて笑って見せる。

彼には図書隊の入隊ぎりぎりまで猛反対を受け、あの日からほぼまともに会話なんてしてないのだ。そんな甘い話も、穏やかな話もない。

用件をまとめるとこうだ。
以前、正月に実家に双子のきょうだいである金一と帰省した際きょうだい間の話題に上がった、父の遺伝子を引き継ぐ人工天才の男女2人。あれを遺伝子等の事実上、父の隠し子だったということにしてうちに置いてやりたい、ということらしい。まあ放っておけばどうなるかわからない2人だし、化物しか揃っていないうちに置いておくのはある意味では正解なような気もする。口頭で金一にも同意を得ているが、すぐに旅立ってしまったので、今はどこにいるかわからない、と。
こんなものが弟から送られてきたのだから、姉の私は少々驚いたものだ。
ああ、そう。弟。弟の、金次だ。

「へえ、弟さん。きょうだい多いの?」

その質問には微笑みで返す。
新しく我が家に入る弟が金三、妹は金女。これで5人きょうだいになりましたとは言えないし、そんなに重要な話でもないだろう。

『急ぎだったようなので。そろそろ手元についてるはずです、ご心配ありがとうございます。堂上教官』
「…そうか。ならいい」

よい、という顔ではない。
向こうも私も、郵便手段を使った送り方ではなかったから実際にはどうなのかというところが教官もわからないでいるのだろう。小牧教官もそれがわかってて黙ってるな。育った畑が違うと、やはりこれくらいは目をつけられるものだろうか。

お互い沈黙が降りたところで、制服に入れてある連絡端末に柴崎から「早く来い」との旨が入り、これ幸いとばかりにその場を抜け出した。





「……うーん…ひょっとして俺、遠山さんに警戒されてる?」

遠山潮が去った後、小牧は頬をかいてとぼけてみせる。そんな小牧を叱って見せるのは堂上の役目だ。

「阿呆。お前にしてはプライベートに踏み込み過ぎだ。……何のためにお前に遠山が任されたと思ってるんだ、小牧」
「適度な距離感とコントロール。…わかってはいるんだけどさぁ、やっぱちょっと気になるよね。元武偵、って」

小牧の言葉に堂上は「まあな」、と小さくこぼした。
図書隊からも、恐らくは良化委員会からも、以前から勧誘を受けているだろう武偵。武装探偵とはよく言ったもので、軍人並みの力を持ちながら、警察のような役割を持つ彼らは、例に挙げた軍人や警察とは対照的に、基本的に金で動く。
学生の頃に武偵校で嫌というほど勧誘を受けただろうに、どうして卒業して武偵として自立したのちにここへ改めてやってきたのか。
採用面接でも話題になったくらいだ。気にならないという方が不自然だ。

「面接の時もそうだけど、嘘にならない程度のことしか話してくれないからさー…」
「………」

―――では、図書隊を志願した理由をどうぞ。

「……本配属になるまでに何かわかればいいけどね」

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