桃色の頬に触れれば、ふにりと柔らかく、少し触れただけでぴくりと反応を示した。それに少しだけ驚いた有人も同じだけぴくりと反応し触れていた指を離した。するとその指はにぎ、と掴まれ、離してはもらえない。
その一切汚れのない目をぱちくりとしたまま、ずっと見つめてくる2つの瞳を見返す有人は、どうしようと焦ってしまった。
しかしそこで有人が掴まれた指を引っ張っても意外と強い握りしめられた力は離れず、思わずやめろよ、と困った声を上げた。
そこで、有人の頭に暖かい手が乗る。大好きな匂いがふわりとして、有人は嬉しそうに微笑んだ。

『おかあさん!』

その手の持ち主は有人の指を掴む小さな赤子の頬をくすぐる。と、赤子は有人の指を離した。だが有人は解放された指に若干の寂しさを感じる。それを口に出せば、嫌だったんじゃないの、と優しい声は少し笑いながら有人に聞いた。
有人は少し考えてから、ふるふると首を振る。嫌なんかじゃない、嬉しいよ、だって、だってね。僕は、この子の。
有人が言えば、また優しい笑顔は暖かい手で有人の頭を撫ぜる。有人は嬉しそうに微笑んだ。

『有人、守ってあげてね、この子を。』



難しい顔で考え込むように腕を組んだまま微動だにしない兄を、妹は見つめている。久々にキャラバンでの兄妹揃って隣に座ったのに、その兄と言えば一度隣に座って良いかを訪ねた答えに声を出したきりで、それからまったく何も言葉を発しない。言葉どころか、ジッと動きもしない。
窓側の椅子に座っているわけじゃないから兄越しの窓の外を見るのもなんだかおかしい気がしているのだろう、かと言って上下や隣の誰かと話すのもなんだか妙に兄に申し訳ない気がしている。今更、気にするような間柄ではないのだが。親しい仲にも礼儀あり、?
と、同じく珍しく黙ったままの春奈は思っているのだろうか。端から見れば、二人の様子はそう思われてしまいそうな雰囲気だった。
ただ、騒がしいキャラバンの中で二人を見つめる人物などいないのだが。

「…お兄ちゃん?寝ているの?」

しかし、春奈は兄が眠りに入っているのだとやがて気がついた。
兄が何かをジッと考えているのかと黙ったままでいたが、やっと話しかけた所で兄からの反応はない。春奈は少しだけホッとすると、なんだか可笑しくなってきてクスクスと笑った。

兄が人の隣で無防備に寝る姿は珍しい。春奈も見るのは初めてかもしれない。
するとキャラバンは少し大きく揺れ、力の入っていない兄の体は隣の妹の肩に預かる。今度は春奈は少し戸惑った。
そしてやはり、ゴーグル越しに見えた兄の瞳は閉じられている。
衝撃は軽かったが割と神経質であるため目覚めるかと思ったが兄は存外にも目を開かず、倒れる前と同じく腕を組んだままで寝息を立てていた。兄がジッと黙ったままだという事実は変わらないが自分の肩に安らかに眠る姿に春奈は心なしか嬉しくなった。…たまにクラスメートにブラコンではないかと冷やかされるが、今だけはそれを否定決して出来ない気がして春奈はまた一人笑う。

「…かあさん」

それからしばらく何事もなく眠る兄の隣でぼうっとしていた春奈は、不意にすぐ耳の近くで聞こえた一言にはっと目を軽く見開いた。

「おかあ、さん…?」



ジッとキャラバンに座ったままだったイレブンたちは口々に臀部の痛みを訴えている。やがて監督の一声で皆は一同に集まり、修練のためまたバラけた。
その中で鬼道は他メンバーたちとは違う首の痛みに少しだけ顔をしかめていた。しかし実際は実妹に体重をかけたまま自分は熟睡してしまったことに恥じを感じ、また同時に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

『――有人、』

…あんな夢をまだ見てしまうとは。
久々に会った夢の中の存在のその暖かさは未だ鮮明だった。しかし顔や姿形は正直全く夢には出てこなかった。もうだいぶ記憶も再生しようとしすぎてテープが擦り切れてしまったらしい。ただ、自分に言われた言葉はまだ少しその優しい声と共に記憶にしまってあるらしかった。

一度キャラバンをみんなでバラバラに急いで出たせいか妹に話しかけるチャンスを失っていた有人は、少し羞恥を感じつつも妹に近づいた。

「さっきは…その、すまない」

一瞬きょとん、とした妹はすぐににこりと笑う。その笑みを見て、いつもながら安堵を覚える。妹は気にしなくて良いと明るく返してきた。そしてまた微笑む。
すると。とくん、と有人の鼓動は今までとは微かに違って跳ねる。しかしそのことにも、ゴーグルの奥の瞳が見開かれたことにも誰も気づかない。有人は妹の笑顔を眺めて酷く頭に引っかかる懐かしさを感じた。

「実は私もね、お兄ちゃんが私の肩で眠ってくれて…ちょっと嬉しかったりしたんだよ」

照れ臭そうに舌を出す妹、春奈を、有人は何故かその瞬間、酷く酷く愛おしく感じた。
そしてその理由は、夢の中で自分の指を掴んで微笑んだ存在と全く同じ笑顔が、今も目の前にあることだ―と、有人は自嘲とも言える、自らの羞恥に苦笑した。

『有人、守ってあげてね、この子を。』

腕の中にいる存在はどうしたのかと慌てふためき、自分に何度か訪ねた。先ほどは笑顔にあった表情も微かに焦りに満ち、周りのチームメイトたちと目が合ったのか一気に赤くなった。

「春奈、守るぞ。何があっても。この先ずっと。俺が、絶対にだ。」

しかし有人にはそんなことを気づく感情を今は持ち合わせていなかった。両腕で抱き締めた春奈は、昔のまま、小さくて、愛おしい―。
口に出した決意以上に、有人の心は強く強く決意に満ちあふれていた。改めて、抱き締めた存在を。

突然の兄妹の行動に驚くチームメイトの好奇の目に晒された妹は恥ずかしながらも、強く頼もしい兄の声に笑顔を浮かべ、そして少しだけ涙が出そうになった。


「――有難う、お兄ちゃん」



(存在。それは強い思い。)






バイバイ。かみさま。様へ提出させて頂きました。お粗末様でした。
有春最高!