「高校の修学旅行のと……卒業式のとー……あ、成人式の時のも外せないよな……」

ぶつぶつと呟きながら、私は分厚いページのアルバムを飽きる事無く捲っていた。
切り取られて閉じ込められた思い出の断片が一つ一つ、記憶の底から呼び起こされる。

十年来の親友が、めでたく結婚となった。
仲の良いメンバーと一緒に、二月後に控えた披露宴で余興をする事になっている。
色々と考えた結果、思い出の写真をスライド仕立てにして流す事になり、その素材集めに奮闘しているという訳なのだ。

「去年のクリスマスの時のも使えるかなー。っと、あの写真どこに仕舞っ……」

何気無く拾い上げて広げたアルバムに、私は思わず言葉を途切れさせた。
膝の上で開いたページ、其処に挟み込まれた写真に焼き付けられているのは私。
隣で笑っているのは、……かつての恋人。

「……。」

自然消滅みたいな形で連絡を取らなくなってもう二年になるだろうか。
彼はどうしても国を離れる事が出来なくて、私も今の仕事を捨てる気にはなれなかった。
離れてても心は繋がってる、なんて安っぽい台詞を本気で信じていられるほど、私も彼も子供じゃなかった。
……それでも、彼こそ運命の人に違いないと思えていた時もあった筈なのに。
どうして何時まででも、同じ夢を見続けてはいられないのだろう。

「……うわ、やばッ!」

不意に我に返った私は、時計を見て慌てた。披露宴の打ち合わせで友人達と会うのだが、約束の時間まで一時間を切っていたのだ。
足元に散らばる選別済みの写真を掻き集めて鞄に突っ込み、アルバムを膝から放り出す。
クローゼットから適当に引っ張り出した服を身に付けると、何とか見られるだけの化粧を施した私は大急ぎで家を飛び出した。





「やばいやばい、間に合うかな……!」

エナメルのパンプスをかつかつと鳴らして、私は約束の喫茶店に向かっていた。
長い付き合いの彼女達の事、少しの遅刻なら笑って許してはくれるだろうけど、祝い事の打ち合わせに遅刻はない。
腕時計に目をやって焦り、早足を通り越して小走りになる。
ヒールの低い靴を履いて来て正解だった、と心の中でガッツポーズしながら角を曲がった次の瞬間、それは起きた。

「ぶッ!?」

勢い良く右へ方向転換した私は、鈍い衝撃と共に一瞬、身体が重力を無くした。
何が起きたのか考えるより先に感じたのは、ぞわっと背中に走る悪寒。あ、転ぶ……っ

(……あれ?)

予想していた痛みに数秒待っても襲われず、私は反射的に瞑った目を恐る恐る開ける。
成る程、転ぶ訳も無かった。がくり、と膝が折れ尻餅を着きかけていた私を、誰かが腕を掴んで支えてくれていたのだ。

「大丈夫か?悪い、俺よそ見して、て……」

「すいませ、私が急に飛び出……っ?」

掴まれた腕を引き上げられながらどちらとも無しに謝罪合戦を始めかけた私達は、視線が交錯した瞬間、互いに言葉を失った。

「……名前?」

目の前の光景が、嘘の様だった。
あんな写真を見た所為で、懐かしさの余りに白昼夢でも見ているのかとさえ思う。
でも私の名前を呼んだのは確かに、彼の声。

「ディーノさん……?」

きらきらの金髪。長い睫毛が彩る鳶色の瞳。
名前を呼び返すと記憶の底に閉じ込めていた懐かしい笑顔がふわりと揺れた。

「久し振り、だな」

「あ、……はい、お久し振り、です」

「元気にしてたか?」

「……そうですね、まぁまぁ、かな」

「……そっか」

「……」

途切れ途切れの言葉でそれだけを交わすと、私も彼も会話を続けられずに黙り込んだ。
それもその筈で、今にして思えば後味の悪い別れ方を……いや、そもそもきちんと別れた訳でもなかったのだから。

「あ、あの、私……」

「名前」

気拙い沈黙をどうにかしたい、と唇を開いた私を、ディーノさんの静かな言葉が制した。
真っ直ぐな視線に気圧されて、黙り込む。
私、これから友達と会う用事があるんです。
久し振りに会えて嬉しかった。ごめんね。
そんな言葉でこの場を凌ぐつもりだったのに……掴まれたままの腕に篭められた彼の力はいとも簡単に逃げ口上の行き場を奪った。

「……なぁ、名前」

「……うん?」

私を見詰める鳶色の瞳が切なげに揺れる。
離さないとでも言わんばかりに繋がれた鎖がその力を更に強くした。

「奇跡とか運命って、……信じるか?」

絞り出す様なディーノさんの声への答えは、最初から決まっていたのかも知れない。
……写真から抜け出して来た様な昔のままの彼の姿を、瞳に映した瞬間から。
運命なんて大それた絆じゃなくてもいい。
ただ、貴方とならきっと見られると思った。
子供みたいに無邪気な夢を、もう一度。

「……信じさせて、くれますか?」





プリンセスアリスシアター




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