何だか、無性に泣きたかった。散々だった。
課題提出を忘れて朝一番に先生に怒られて、ボールペンの液漏れでブラウスの袖を汚し、デザートのプリンを落としてダメにして。
しょうもない理由だという事は判っている。だけどそんな些細な事だって幾つも重なれば気分だって落ち込むと言うものだ。

(……我ながら、涙腺弱すぎる……)

冷たいコンクリートの床の上で膝を抱えて、ぐずぐずになった鼻をすする。
家だったら布団を被れば済むけど、学校ではそんな訳に行かない。だからなるべく人目につかないこの屋上に、私は逃げるようにしてやってきたのだった。

キィ……

「!」

不意に静かな空間に微かな金属音が響いて、私の耳を擽った。それは屋上の扉が開く音。思わず振り返った視線の先に、彼がいた。
静かな風に艶やかな黒髪と羽織った学ランを揺らすその人を、この学校で知らない人間は一人もいない。

「何、君」

「え」

靴音を鳴らして容赦も無く距離を詰めてきた雲雀さんは、私の側まで来て立ち止まると、小さい声でそう言った。
何事か判らず黙ったままの私に、その顏、と素っ気無く続ける。

「あ、」

羞恥に頬が染まり、呟きが漏れる。
扉の開いた音に反射的に振り返ってしまった私は、濡れた顏を拭いもしていなかった事に今更になって気付いた。

「す……すいませ、あの、」

「君」

涙を拭きながら立ち上がりかけた私に、雲雀さんは低い声で言った。又も訳が判らず黙る私の隣に立つと、綺麗な眉を僅かに顰める。

「……後で応接室までおいで」

雲雀さんはそれだけを言い残すと、くるりと踵を返して颯爽と引き返していった。制服を風に靡かせつつ扉に消えた雲雀さんを、私は半ば呆然として見送る。

ふと気付いて床に目をやると、そこには何か真白い物が落ちていた。先程までは無かった筈のそれを拾い上げて驚く。
きっちりとアイロンの掛かったそのハンカチには、隅に小さく風紀の刺繍が施されていたのだ。誰の物かは、言うまでもない。

(……拭けって、こと?)

後から知った事だけど、雲雀さんは私が苛められて泣いているのだと早合点したらしい。
校内秩序を乱す輩に制裁を加えてやるべく、私の口から相手の名前を聞き出してやろうと思っていたのだそうだ
言われた通り訪れた放課後の応接室で事情を話したら、紛らわしい事をしないで欲しいと物凄く怒られた。私は別に悪くないのに。

課題提出を忘れて朝一番に先生に怒られて、ボールペンの液漏れでブラウスの袖を汚し、デザートのプリンを落としてダメにして。
おまけに風紀委員長に怒られて最悪です……なんて続いても良さそうなのに、何故か私は涙が出るどころか噴出してしまっていた。
思惑が外れて拗ねた様に黙り込む雲雀さんがちょっと可愛かったからかもしれない。
そんな事、口が裂けても言えはしないけど。



優しさに触れて、
別の貌を識って、
突然恋に落ちて。



きっかけは勘違いだった知れないけど
ハンカチを差し出してくれた優しさは
きっとどんな言葉よりも本物だった。




ブラウザバックでお戻り下さい

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -