「多分夕方にはそっち着けると思うから」

「はい、楽しみにしてますね!」

「ん、それじゃ明日な」

……短い遣り取りを交わして、オレは静かに受話器を置いた。卓上の時計を見ると経った時間は十分余り。
用件だけしか話せなかったな、なんて残念な気分になるけれど、目の前に積まれた書類の山を見ればそうも言っていられない。

明日、名前とデートをする約束をした。
どうしてもスケジュールが空けられなくて、日本では特に大きな意味を持っているらしいバレンタインに一緒に居てやれなかった分の埋め合わせをする心積もりだった。
どうやら彼女は、当日渡す事の叶わなかったチョコレートを持ってきてくれるらしい。
フォンダンショコラという奴を作ったのだと楽しそうに話していたが、あんな凝った代物自宅で作れるものなのかと驚いた。

「……さて、と。始めるとすっか」

「ん?もういいのか、ボス」

「おう、休憩おわり」

部下に応えながらごきごき、と首を鳴らして気合を入れ直すと、オレは改めて書類の束で散らかりに散らかったデスクに向かう。
明日一日を丸々フリーにする為には、これをそれこそ死ぬ気で片付けなくてはならない。

「ロマーリオ、西地区カジノの決算書は」

「まだ上がってきてねぇな。せっつくか?」

「三日だけ待つ。それで駄目ならオレが直に話をつけに行くと支配人に言ってやれ」

「了解」

「それから新参のマットーネファミリーから同盟承認の話が来てる件だが……」

出来るだけ無心に、冷静に、目の前の案件を一つずつ片付けていく。……けれど。

「……ボス。口がニヤけてやがんぞ」

「え」

「気持ちは判るが、集中してくれ」

「へいへい、わーってるって」

苦笑いする部下に肩を竦めながら書類の束を手渡し、また次の紙に手を伸ばす。
危ねぇ危ねぇ、顏引き締めねーとな。オレは軽く溜息を吐くと、白紙の書類相手に再びの戦闘を開始したのだった。

外面取り澄まして、仕事用の顔を取り繕っているけれど、頭の中では明日のデートの事で甘ったるい空想が膨らんでいて。
何だか似てる、と思う。名前が明日、オレにくれると言ったもの。
……中だけ蕩けるフォンダンショコラ。



メルティチョコレイト




(明日逢ったらチョコレートに負けない位の)
(とびきり甘いキスを君に贈ろう)




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