「苗字君、どうやら君は隊士達を味覚障害に陥らせたいらしいと見たがどうかね」

貴方は眼鏡の奥の鋭い眼をもって、棘のある言葉より余程饒舌に私の料理を貶し続けた。

「名前君、味噌汁がまた濃いな。塩分の多い料理は高血圧の原因になると教えただろう」

彼は時々しか屯所に姿を現さない人だった。
だから彼の居ない間、私は必死に料理の腕を上げる為に努力を重ねた。
次こそ、腕を上げたなと言わせたかった。
余り成果は出なかった、けれど。

「名前、これを君にやろう」

その日、彼は一冊の小さな冊子を携えて私の処へやってきた。それは彼の文字がびっしり連ねられた手書きの本。
私が度々失敗を重ね続けたメニューが、実に嫌味たらしく羅列されていた。

「幾ら不器用な君でも、レシピさえ見れば、少しは仕損じなくなるだろうと思ったのだ。なに、隊士たちの健康の為だよ」

一体どんな風の吹き回しですかと訊ねると、彼は眼鏡の奥の目を可笑しげに細めた。

「君もいい加減、少しは腕を上げるべきだ。それでは嫁の貰い手も無かろう」

彼が笑うのを初めて見た。私はその珍しさに台詞の憎らしさを吹き飛ばされてしまった。
私は台所に篭り、彼の字を追って忠実にその工程を追った。出汁の取り方、味噌を入れるタイミング、その中には私の中で曖昧だった過程が全て詰まっている。

これならきっと大丈夫。
次こそきっと腕を上げたと言わせてみせる。
早く帰ってきて、伊東さん。

それは近藤局長が、生まれ故郷で隊士を募る為に彼を連れて屯所を発った日の事。
彼が二度と戻らない事を知るのは、それから数日の後の事。

お戻りを信じて用意した食事は
お膳の上で静かに冷めていった





塩分過多の朝食を



貴方は眼鏡の奥の鋭い眼をもって、棘のある言葉より余程饒舌に私の料理を貶し続けた。
だけど唯の一度も残したりはしなかった事、私が気付いていないとでも思ったんですか。



(塩辛い味噌汁をもう一度叱ってよ)




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