それはある、晴れた日の事
陽射しは暖かく、緩い風が頬を擽る、昼寝をするには最適の穏やかな日。
あの人を探して、屯所を出た。

「副長」

「……あぁ、お前か」

屯所近くの河川敷、芝生に寝転がって空など見上げている彼を見つけた。
近寄って声を掛けると、物憂げな視線を私に寄越して怠そうに体を起こす。

「非番で暇なんです。隣いいですか」

がりがりと頭を掻きながら懐から煙草を取り出した彼は、あぁ、と無愛想に短く呟いた。
了承を得た私は、慣れた手付きでライターを操る彼の隣に腰を下ろす。
端整な横顔、その唇から紫煙が吐き出される様を何とは無しに眺めつつ、ふと思いついて巾着に手を入れた。

「そう言えば副長、良かったら飲みますか?さっき自販機で二本目が当たったんです」

「お、悪ィな。喉渇いてた処だ」

中々気が利くな、なんて言いながら、副長は差し出した缶ジュースを受け取った。私はというと、巾着の口を絞めながら明後日の方を見て小さく呟く。

「凄い振った炭酸なんで気を付けて下さい」

「うおぉぉ危ねェェ開けるとこだった畜生!何なんだ何の嫌がらせだテメェェェェ!!」

本当は振ってなど無かったけど、副長は私の言葉を信じた。怒鳴り声で突っ込みながら、手にした缶を力任せに地面に叩きつける。
本当は振ってなど無かったのが、今この瞬間極限まで振られた状態になってしまった。
それにしても副長の怒鳴り声は久し振りだ。そう思うと、沖田隊長を見習ってちょっかい出して正解だったと思う。

「……おい、名前」

「はい、何ですか副長」

暫しの沈黙を破って唇を開いたのは副長の方だった。返事をして彼の方へと向き直ると、いかにも大儀そうな横目で私を睨む。

「お前、どっか行け」

「……はい?」

「落ち着いて昼寝も出来ねェ」

着物の合わせ目に手を突っ込んで胸元を掻きながら、副長は何とも無体な事を言った。

「嫌です」

「あぁ?」

「だから嫌ですって」

「嫌だじゃねぇよ。どっか行けってんだ」

「先刻は良いと言ったのに、今更ダメだじゃ通りません。武士にも二言があるんですか」

「先刻は先刻、今は今なんだよ」

「それを人は屁理屈といいます」

「お前に言われたかねェよ!」

「とにかく私は何処にも行きません!!」

突然声を荒げた私に副長は唖然とした。
咥え煙草が風に揺れ、あぁ今唇から離れたらお腹の上に落ちるんじゃないかしら、なんて何だか場違いな事を思う。

「私、……私は、私は此処に居たいんです。ずっと居るんです。副長が屯所に帰るまで」

私は自分でも滅裂な台詞を矢継ぎ早に吐くと膝を抱えて座り直した。真っ直ぐ前を見るときらきら光る川面が目に眩しい。

「……勝手にしろ」

副長はまた溜息を吐くと、煙草を手近な石で揉み消して新しくもう一本を取り出した。無愛想な声に涙が出そうになる。
本当に嫌ならさっさと立ち上がって何処かへ行く人だ。今、傍に居る事を、許された。

不意に風が、止まった。
再び寝転がる副長の唇が咥える煙草の煙は、何にも邪魔されずに真っ直ぐに立ち昇る。
高く遠く、天に届けとばかりに。

まるで墓標のようだった。





風速0メートル地点にて




(お願い神様、仏様、ミツバさん)

(十四郎さんを、私に下さい)




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