夏休み編
この夏の間に、どれだけの儚い命が散っているのだろうか。
ミーン、ジンジン。
煩わしくさえ感じる必死な共鳴が、一瞬一瞬を切り取られたフィルムみたいな音を上げる。
それがどんな価値を持っているのか俺は知らない。
皮肉なこと、庇護を受ける莫大な歳月が待ち焦がれた太陽の下は、赴いた日から余命のカウントダウンはとっくに進んでいる。
それでも、イキモノの残滓だけが地上を汚して、まるでそれがこの世に生を受けたと言わんばかりに。
「なぁ、青峰?」
そう思うだろ、随分と強い調子で自己主張を押し付ける男に、青峰は辟易とした表情を作った。
「で?」
「…で?って」
「結局、お前は何が言いてぇんだよ」
青峰は幾分か低い位置にあるつむじを見下ろして、問い掛ける。
わざわざ不可解な通り道をしてまで俺に理解させたいのは何だ。
「要するにさぁ、セミ取りはないだろってこと」
男は手に持ったセミ取り網をプラプラと振りながら、不満げな声を上げた。
額にはおっきな汗の玉が張り付き、今にも零れ落ちてしまいそうだ。
「お前が無理矢理付き合うっつったんだろうが。文句あんなら帰れ」
「お前じゃない、高尾だって」
見当外れの返事を返して、男もとい高尾は眉間にシワを寄せる。
秀徳の一年レギュラー、高尾和成と出会ったのは偶然にも先日の夏祭りでのことであったが、中学時代からもっとも苦手な相手として認識している緑間真太郎とは仲のいい相棒らしく、なるほど類は友を呼ぶとはよく言ったものだと半ば呆れを通り越して感心さえしていた。
「別に文句あるわけじゃねぇよ。俺セミ取り結構好きだし」
「だったらいいだろうが」
「全っ然よくねぇよ!もう何時間没頭してると思ってんの!?」
「あ?あー…1時間?」
「4時間!4時間ですぅー!」
こいつ信じらんねー、と頭を抱えて嘆く高尾を無視して、青峰は虫カゴのフタを開ける。
中には当然のように密集するセミ達が甲高い声で一斉に喚き立て、飛び出していった。
ろくに高尾の叫びすら聞こえないことに気づいて、よしよしと意味もなく頷く。
「青峰?なにしてんの」
「見りゃあ分かんだろうが、逃がしてやったんだよ」
「ちょっ、今までの俺の努力はっ」
「あぁ?キャッチアンドリリースは基本だろ」
高尾はぽかんと口を開けて間抜け面を晒していたかと思うと、突然吹き出した。
ブッファ!と笑った拍子に手に持っていた網と麦わら帽子が地面に叩きつけられた。
「青峰って…マジ…」
「高尾ぉ…テメェ網折れたらどうしてくれんだ」
肩を震わせる高尾の膝裏を蹴り飛ばす。
ついにぷぎゃらと意味の分からない奇声を発した高尾は崩れた。
「いってぇ!」
「うっせぇよ。あ」
あ。
高尾の視線に青峰も釣られて、二人同時に呟いた。
突風に煽られた麦わら帽子が、遥か彼方の空に飛んでいく。
「あーあ…」
「どうすんだあれ」
「つーか、真ちゃんからもらったラッキーアイテムなんだけど」
まじでか。
あまり危機感を抱いていない青峰の感想に、高尾はなんだかおかしくなる。
今日のさそり座の順位は一位。
遊びはほどほどに、なんて、おは朝はほんとすげぇよ。
「なぁ、青峰ー」
「あ?」
「あの帽子どこまでいくか追いかけてみようぜー」
「はぁ?あ、おい!」
レッツゴー!高尾は走り出す。
青峰は落ちた網を急いで拾い上げて、できたばかりの友人の背中を追った。
ばかみたいなことをばかみたいに楽しむ男の姿に、自然と青峰の口元が緩んだのだった。