君に送る俺からの



今日はまあまあいい天気。いつもと変わらぬ日常。仕事もなければ金も無く、ただ過ぎていく365日のうちの1日に過ぎない。
え?そうだよな。ちょっと待てよ、俺何か忘れてないか?大事なこと、忘れてないか?
歩きながら考える。確か今日は大事な大事な日だったんだ、絶対。
ふと、見慣れた黒い制服と愛しのあの子が目に入ってきた。

「あ!」

そうだ、今日は土方の誕生日じゃないか!なんで忘れてたんだ俺の馬鹿っ。
まだ俺に気づいていない様子の土方。生憎プレゼントは何も用意していないけど、とにかく土方の元へと走った、走ろうとした。

(……あ、れ?)

途端、ぐにゃりと視界が歪んだ。あれ、なんで、なにこれ。ぐらぐら揺れて足元が覚束ない。あ、と気づいた時にはもう遅かった。


***


「……き、…んとき!」

「……?」

「ぎんときっ!」

「うわぁぁあっっ」

耳元でいきなりでかい声が聞こえた。俺はビックリしてガバリと起き上がる。と、ごちんと鈍い音がして額に痛みが走った。
声にならない悲鳴を上げて額を抑えると、俺の目の前でも同じように疼くまっている土方がいた。……え、土方?

「銀時、痛い」

くるりとこちらを向いたのは確かに土方だ。土方なのだが、土方は土方じゃなかった。
牛柄のワンピースを着て、瞳孔は開いておらず、でかいカウベルも付けている。それに、牛の耳と尻尾が……。
状況がいまいち理解できずに呆然としていると、土方が俺の額に手を当ててきた。先程ぶつけた所だ。

「大丈夫か?」

こてんと首を傾げて聞いてきた、なんだこいつは俺を萌え殺す気なのか。というか、なんでこいつはこんな格好をしているのだ。
頭が軽く混乱状態の俺に構わず土方は喋りだす。

「銀時、お前いきなり倒れるんだもん。心配したぞ!せっかく銀時が連れて来てくれたのに、俺の誕生日だからって。もしかして体調悪かったのか?」

本当に心配そうに尋ねてくる土方。だが俺の記憶にはここに土方を連れて来た覚えもないし、こんな可愛い喋り方の土方なんて知らない。おまけにこの場所も何処か知らない。
わかったのは、今日がこいつの誕生日だったってことだけ。

「いや、そんなことねぇけど………あのさ、」

「?、なんだ?」

「お前のソレ、牛だよな」

「何言ってんだよ、俺は生まれた時から丑だぞ?銀時だって寅じゃんか」

「へ?」

寅、と言われた。俺が、寅?慌てて自分を見てみると、寅柄のビキニを着ていた。おまけに尻尾もはえていた。
なんだこれは、ちょっと待てよ。冷静になれ坂田銀時。なんで土方は牛で俺は虎?これは夢なのか?いや、夢にしてはリアル過ぎる。あの時俺が倒れたことと関係あるのか?いくら考えても馬鹿な俺の脳は答えを出せなかった。

「銀時!」

「っな、なに?」

いきなり耳元で大声を出されて、返事した声が少し裏返ってしまう。土方を見ると、ぷくうと両頬を膨らまして不機嫌そうな顔で俺を見ていた。ワンピースの裾を握りしめている。破滅的に可愛い。

「プレゼントは!」

「……え、」

「ぎ、ぎんとき……、プレゼント用意してくれてないのかっ!?」

「っいや、そんなことねぇよ!」

この牛さん土方は随分素直なようだ。普段の土方なら絶対にこんなこと言わないのに。
いやいやまて、今はそんなことを考えてもいる場合じゃないだろ俺。プレゼントだよプレゼント。用意なんてしてないのに、あんなこと言っちゃったし。
チラリと土方を見ると、期待に満ちた目をしていた。そんな土方の表情を見てさらに焦る。辺りを見回しても一面花だらけで他には何もない。それに俺はここが何処かわからないから、下手に場所を移動するのは危険だ。
となればやはり花しか……。そこではっと思いだす。そういやこの前神楽に花の冠の作り方、無理矢理教えられたんだった。
心の中で神楽に感謝しながら俺は土方に背を向け、今自分が作れる最大速度で冠を作った。

「おい」

「ん?」

俺が土方に背を向けガサゴソしていた間、土方は近くに咲いている花の花びらをちぎって遊んでいた。
くるりとこちらを向いた土方の頭に出来立ての冠を乗せる。

「誕生日おめでとう」

これで大丈夫だろうか。プレゼントはあんなのだけど、この言葉は本物だ。ちゃんと土方に届いただろうか。
そう思っていると、土方が俺の背中に手をまわして来て力を込めて抱き着かれる。
風が、俺と土方の頬を優しく撫でる。辺りの花びらが風に乗ってヒラヒラ舞い散った。土方が、笑った。

「ありがと、銀時」

笑って言ったそのあとに、牛さん土方はいってらっしゃいと呟いた。



***



「あ、れ?」

最後に見たのは確か牛さん土方が笑った顔。いってらっしゃいのその意味は、よく理解できなかった。
俺の目の前には牛さん土方もお花畑も無く、ただ殺風景な部屋が広がっていた。俺は白衣を着ていて、眼鏡をかけていて。辺りには教科書やらプリントやらが散乱していた。
ガラリと部屋のドアが開いた。入ってきたのは土方くん。学ランを着た土方だった。

「先生」

土方の口が言葉を紡ぐ。
せ、先生だって?俺が?さっきは虎だったのに、今は先生?
土方はじっとこちらを見つめてくる。そこで俺の脳が働いた。何が作用したのかはわからないが、この理解不能な現象に答えを見つけた。正解か否かはわからないが。

「土方、今日お前誕生日だろ?」

「え、あ、はい」

ほらな、やっぱり。きっとあの牛さん土方は俺がここに来ることを知っていた。だからいってらっしゃいなんて言ったのだ。
多分ここはパラレルワールドとやらだ。しかも全て土方の誕生日の日になっている。なんのためにパラレルワールドに来たのかはわからないが、とにかく土方におめでとうを言えばいいのだ。そしたら戻れるかもしれない。

「誕生日おめでとう、土方」

すると、土方はすたすたと俺の方まで歩いてきた。そして俺を殴った。

「いってぇ!!」

「ふざけんな、心が篭ってねぇんだよ」

「は、はぁ?」

「上辺だけの言葉で、お前が知ってる俺は喜ばねぇぜ?」

その言葉ではっとした。こいつ、土方のことを知っている。いや、こいつも土方なんだけども。

「お前、何か知ってるだろ」

ヒリヒリする頬を抑えながら、俺は言った。そしたら学生土方はニヤリと笑う。学生だから、まだ未成年で、まだほんのり幼さが残る顔が俺を覗きこんだ。

「じゃあさ、俺を祝ってよ先生」

少し挑発気味なその言葉。上等だと言わんばかりに俺は学生土方の唇に噛み付くようなキスをした。

「んっ………!」

「っは、誕生日おめでとう学生土方くん。」

ニヤリと笑ってやると、学生土方は顔を真っ赤にして俺を見た。目を見開いて口をハクハクさせている。俺はしてやったりとニヤリと笑った。

「一応礼は言っといてやる」

そして学生土方から、キスされた。



***



「あ……」

キスされた、と思ったらもう学生土方はいなかった。
辺りは暗く、今俺が立っているのは路地裏だろうか。道路の方は明るみに満ちていて、夜の町、と言ったところか。
まずは服装確認。飛ばされるのが三回目にもなると慣れて来るもんだ。俺はホストが着てそうな服を着て、アクセサリをつけていた。もしや……と思う。この世界の俺はホストやってるのか?体の匂いを嗅ぐと、少し香水臭かった。

「金さん!何やってんですか、土方さんもう来ますよ!」

「え?今金さんって言った?あれ、俺銀さん何だけど…て、土方だって!?」

俺の後ろに建っている建物の裏口のドアが開いて、聞き慣れた声が俺を呼んだ。だが、呼ばれた名前は銀さんではなく金さん。俺、坂田銀時じゃなかったの?ここでは名前まで違うのか?
疑問に思いながら、俺は新八に引きずられて建物の中に入らされた。

「うっわ……」

そこはまるでホストクラブ。いや、ホストクラブだったのだ。俺マジでこんな所で働いていたのかよ。自分自身が信じられねぇ。先程の教師というのも信じがたいのだが。

「ほら、何ボケッとしてるんですか。土方さん来ちゃうんで、さっさと部屋に入って下さいよ」

「うぉあ!?」

ズルズルと店の奥の部屋に引きずられ、そして投げ入れられた。痛てぇな新八の野郎、俺が元の場所に戻った時は眼鏡を真っ二つにしてやるからな、覚悟しとけよ。
ふと、部屋の中を見回していると、鏡に映る自分が目に入ってきた。そこに映る髪は銀色ではなく金色。だから金さんなのかと一人納得。

「……何してんだクソ天パ」

「会って第一声がそれ!?」

土方の声が聞こえたので、慌ててドアの方を見ると、土方は立っていた。俺の知ってる土方より少し男前。そして口も悪い。顔の不機嫌さは二割増し。黒のスーツをきっちり着込んでいる。
土方はネクタイを解くと、傍にあるソファーの上に放り投げた。

「で?何の用だ。俺は今忙しいんだ、手短にしろ」

「あー……、」

ギロリと睨まれて口ごもってしまう。そんなあからさまに不機嫌オーラを出さなくてもいいじゃないか。俺の土方の方がもう少し可愛いげがあるぞ?ここの俺は毎日ホストしながらツン三割増し土方の相手をしているのか、ある意味尊敬。

「あのさ、今日お前誕生日じゃんか」

「あ?誕生日?あ、そういや……。すっかり忘れてた」

「忘れてたってお前…」

思わず苦笑。そんな俺を見て土方は苦々しい顔をする。

「仕方ねーだろ、仕事が忙しかったんだよ」

ポケットから煙草を取り出し、口に加える。いつも見ている土方よりやはり少し大人っぽい。
俺は口に加えているまだ火のついていない煙草を取り上げた。土方は、あっと声を出し、何してんだと言おうとしたらしいが、俺が口を塞いだことで声にならなかった。そのままの勢いで押し倒して口を離した。

「誕生日おめでと、愛してるよ」

「さすがホストだな、愛を囁きなれてる」

「ばっか違ぇよ。俺は、本気でお前を愛してるんだぜ?」

もう一回口を塞いだ。
ここの俺がホストだから、俺なりに愛を囁いてみた。
口を離すと、土方はまぁいいかと呟く。

「お前にしては上出来だ。いいだろう、合格だ」

最後に俺も愛してると耳元で囁かれた。



***



心臓がバクバク、爆発しそうだ。多分今俺の顔は真っ赤になっていると思う。土方に、いつもと違う土方に、あんなの不意打ち過ぎる。まったくだ。
俺は心臓を押さえて立ち上がった。そこにはいつもと同じ、見慣れた風景が広がっていた。戻ってこれた、そう思ったのだ。

「この、待ちやがれ!」

不意に、目の前を猫が通り過ぎたと思ったら、見慣れた黒髪も通り過ぎた。一匹と二匹はそのまま走り去って行く。

「……あれ?」

今自分の目の前を通り過ぎたのは確かに土方だ。土方なのだが。

「あいつ、なんで俺の服着てんの?てか、なんで俺真選組の服着てんの?」

土方は俺がいつも着ている服を着ていた。そして俺は土方がいつも着ている服を着ていた。何コレ、どうなってんの。
やっと戻って来れたと思ったのに、なんだコレ。
とにかく、土方を追いかけないことには話は始まらない。俺は土方が消えた方向に走りだした。




「まったく、逃げ回りやがって」

土方は速かった。結局土方が猫を捕まえるまで俺は土方に追いつけなかった。
猫を抱きしめる姿が可愛らしい。てか土方が俺の着流し着てる時点でもうイロイロヤバいんだけどね。

「土方!」

「あ、坂田じゃねぇか。巡回の途中か?」

「あー、まぁ。土方は何してんだ?」

「依頼だよ、逃げた猫捕まえてくれってな」

ほら、と猫を俺に見せる。
この世界では土方が万事屋やってて、俺が真選組なのか?そう考えるのが多分妥当だろう。

「てかさ、土方今日誕生日だろ?誕生日の日まで依頼受けてんの?」

「万事屋は年中無休だからな。まずは市民の信頼を得ることから始めないとな!誕生日なんて関係な……あれ?俺今日誕生日?」

「結局忘れてたのか!!」
はぁ、とため息をつく。
良いことを言ったと思って、俺も少しは真面目に万事屋やらなきゃななんて思った矢先。ここの土方は天然なのか、そうなのか。俺の知ってる土方以上に天然なのか。仕種もいちいち可愛いし。

「そういや神楽達が朝からソワソワしてたな…」

「ということは、まだ誰もお前におめでとうって言ってないわけだ」

今言えば俺が一番だな、と言ってやると、土方は顔を真っ赤にして猫をぎゅうっと抱きしめた。あ、猫苦しそう。

「お、お前はよく恥ずかしい台詞をサラっと言えるよな!信じらんねぇ!」

「そうかぁ?」

反応が新鮮で可愛い。思わず猫ごと抱きしめる。

「誕生日おめでと、」

「うぅー……」

恥ずかしいのか、口ごもる土方。しばらくの沈黙の後、土方はそっと俺の肩を押した。

「あ、ありがとう」

視線は斜め下を見ているけど、それは照れ隠しって分かるから自然と顔がにやけてしまう。
チラリと土方は俺を見た。

「じゃあ、今度はお前の俺に言ってあげて?」



***



「あ、」

今度こそ戻ってきたんだ。万事屋土方が言ってた俺の土方とは、副長土方のことだろう。今度は土方におめでとうを言ってやれと、そういうことか。
てか、ここ何処の部屋だっけ。俺確か倒れたよな。倒れてからいろんな土方に会ったよな。

「目ェ覚めたか」

寝転んでる俺の頭上から声が聞こえた。聞き慣れたけど懐かしい、土方の声だ。俺の知ってる、土方の声。
俺はゆっくり起き上がると土方を見た。

「此処は?」

「お前いきなり倒れっから、俺の部屋まで運んだんだ」

「あー、悪ィ」

土方は俺の隣に座る。改めて俺の世界に帰って来たんだと感じた。

「あのさ、土方」

「なんだ?」

「俺、いろんな俺になっていろんなお前に会って来たんだ。ドイツもコイツも可愛かったけど、やっぱり俺にはお前しかいないや」

土方と目を合わせる。
そうだ、いろんなお前に会ってきた。でも、やっぱり俺はお前しか本気で愛せないと思う。お前だからよかったんだ、お前じゃないと駄目なんだ。

「誕生日おめでとう土方」

生まれて来てくれてありがとう。俺に出会ってくれてありがとう。


土方もほんのり笑った。




HAPPY BIRTHDAY 十四郎!

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