銀土/君と僕の非日常続編

(君と僕の相対関係)



「「お、おじゃましまーす……」」


控えめに発せられた声。だが、それに答える声はなかった。



***



ことの始まりはやはりこの男、沖田総悟であった。爽やかな笑みとは裏腹に、口から出てくる言葉はどれもこれも土方と銀時にとって最低最悪のもので。
ヒクヒクと口元を動かして怒りを堪えている土方と、冷や汗ダラダラでどうにかこの現状を打破しようと思考を巡らせている銀時。沖田はそんな二人を心の中でさぞかし笑っていることだろう。長年一緒に居る土方にはそれが分かっていて、さらに怒りを倍増させた。


「旦那ァ、これは依頼ですぜ?報酬だってありやす」

「なら俺まで巻き込むな」

「やだなー土方さん。あんたが居ないとこの依頼は始まらないんですぜ?」

「じゃあ始めなくていいわ!なぁ万事屋」

「報酬……は欲しい。だけどそのためにコレは危険すぎないか…?」

「心配いりやせんぜ旦那。今回は弱っちいのですからねィ。ちゃちゃっと説得して帰って来て下せぇ」


沖田は素早くお札を銀時に握らせると、またも屯所から二人を追い出した。バタンと閉められた門に、二人はただ無言で立ち尽くすことしかできなかった。



***



以上のやり取りのあと、二人はとある一軒家に来ていた。古びた家は年を感じさせている。広い庭に植えられた木が風に揺れた。

沖田からの依頼はこうだった。
ある一軒家に住む老人からの頼まれ事だという。その家には古くから妖怪の類がよく家に遊びに来るのだという。どの妖怪達も老人に害を与えることはなく、平和に暮らしていたのだという。だが最近、狐が家に現れるようになった。家の中の物を荒らしては帰っていく。なんでもその狐はここいらで一番強い妖怪で、狐が現れるようになった日を境に妖怪達はピタリと現れなくなったらしい。だからその狐を説得して家に現れないようにして欲しいらしいのだ。
突っ込む所は多々あった。だが二人はもう突っ込む気力さえなかったのだ。勘弁してほしい、ただそれだけだった。


「でさぁ、狐って何。どんなの。普通の狐?」

「知らねぇよ」

「九尾か、九尾ってか。あの人気忍者漫画の九尾さんみたいな奴なのかァァ!」

「うるせェェ!ちったぁ黙れねぇのかっ!」


ギシギシと軋む廊下を二人で歩く。銀時は土方を盾にするように歩いていて、土方はうざったいのか眉をひそめてさぞかし迷惑そうだ。だが土方も苦手なものは苦手なので、ギュッと握りしめた手は少なからず震えていた。

ゴトリ、音がした。

二人は足を止める。廊下は長く続いていて、部屋がずらりと並んでいる。その、二人から見て右方向から音がしたのだ。誰もいないはずの部屋から物音が聞こえた。顔を見合わす銀時と土方。土方は何も言わず、銀時を蹴って前へ進ませた。


「ちょっ、おまっ、何すんだ!」

「てめーが行け」

「は、はぁ!?」


しれっとした顔で言う土方に、銀時は意味不明とばかりに反論しようとした。その時、ふと沖田に言われた言葉を思い出す。

――旦那は大丈夫なそうでさァ、幽霊が嫌う体質みたいですし
――でも土方さんはなにかと引き寄せやすい体質みたいですし、頼みやすよ

確かに沖田はそう言っていた。この際幽霊なのか妖怪なのかは気にしないことにして、ようするに銀時は幽霊が嫌う体質イコール幽霊が寄って来ない。だが土方は引き寄せやすい体質イコール幽霊が寄って来る。となると土方があの音のした方へ行く方が効率がいいのだ。

(頭いいじゃん、俺)

ニヤリと笑って銀時は土方に向き直った。なにやら思いついたような顔の銀時を見て土方は不機嫌そうな顔になった。


「ここは土方が行くべきだと、俺は思うんだよな」

「……なんでだ」

「沖田君によると、俺は幽霊が嫌う体質、お前は幽霊を寄せ付ける体質らしい。ということは、俺が行くよりお前が行った方が幽霊が出てくる可能性が上がる。こっちの方が効率がいいだろ?」

「………」


土方の苦々しい顔が銀時の視界に入ってきて、しばしの間銀時は勝利の喜びに浸っていた。真選組の頭脳と呼ばれているこの男。頭だけはまわる男に勝てたのだ。刀だけの勝負なら、銀時は確実に勝てる自信があった。だが頭を使ってこられたら、勝敗は分からなくなるだろう。
今だにニヤニヤしている銀時の向こう脛をひと蹴りして、土方は言った。


「ならてめぇもついて来い。俺になにかあった時の保障だ。もし俺が襲われても、幽霊が嫌うてめぇがいれば助かるかもしれないだろ?今回は弱いって、総悟も言ってたしな」

「………」


今度は土方が笑う番だった。銀時は悔しそうに唇を噛み締め、それから渋々土方の後についていった。

物音がした部屋を開ける。そこは特に変わったような物はない普通の部屋だった。ただ、本棚がいくつかあり、そこにズラリと並んだ本が一冊畳の上に落ちていた。先程の音の正体はこれだったのだろうか。土方は足を進めて、その本を手に取った。
と、その途端風が舞う。窓はあるが閉まったままのその部屋に、風がふくはずがないのだ。しかもそれは土方を囲むように、本を中心として起きている。


「土方っ!!」

「……っく」


バサバサと本が音をたててページがちぎれてしまいそうだ。銀時は土方に向かって手を伸ばすが、風によって拒まれる。しかも風に触れた銀時の手に赤い線が走っていた。ぷつりと血が滲み出る。


「鎌鼬(かまいたち)……か?」


狐、と聞いていたのだが、と思いつつも銀時は口に出して問うてみる。風は更に強くなり、土方の体に傷をつけはじめた。


「っ、いってぇ……」

「土方!その本を離せっ」

「はぁ?っ、う…」

「いいから早く!」


もう既に隊服の上着にはあちらこちらに切り刻まれた跡がある。だが本には傷一つついていない。風でまともに目を開けていられない土方には気がつけなかった事だろう。意味も解らぬまま土方は本を手放した。ドサッという音が聞こえたかと思うと、風が止んだ。


「はぁ、んだよ……」

「あれ、鎌鼬じゃねぇか?」

「鎌鼬…?だけど俺達が聞いたのって狐じゃねぇのか?」

『狐やで?なんや知らんけど、こんな技が使えるようになったんや。可笑しいやろ?』

「「!?」」


土方の疑問に答えたのは銀時とは違う別の声だった。二人は声のした方、廊下の方を振り向くと、そこには狐が一匹いた。くくく、と喉で笑って走り出す。
銀時は殆ど反射で追いかけた。土方も銀時を追いかけようとするが、それはまた別の声によって阻止された。


『綺麗なあんちゃん、わての相手もしてくださんれ』

「……」


振り向くと、狐がもう一匹、土方を見上げてニコリと笑った。


「二匹だなんて聞いてねーぞ」



***



「足はっや!さすが動物ゥゥ!」

『動物やあらへん、妖怪や。狐様や。』


完全に見失ったと思ったが、まるで銀時を嘲笑うかのように後ろから声がした。それは先程の狐。


『にしてもあんちゃん、あんた嫌な感じがするわ。向こうのあんちゃんの方が断然美味そうやったで』

「美味そうって何。食べるんですか?あのマヨネーズ星人を?」

『生気を貰うだけや』

「……」


銀時は深くため息をついた。まったく、だから嫌だったんだよと心の中で一人呟く。生気を貰うとか、妖怪とか、人外のものは天人だけで勘弁してくれよと。


「あのさ、お宅らなんでここに居んの?俺達お宅らに出ていってもらわないと困るんだよ」

『何でや?あんちゃんらは此処には住んでへんのやろ?』

「ここに住んでる爺さんから頼まれたんだよ」

『……そーか』


狐の声が先程と違う色をしていたのを、銀時は聞き逃さなかった。狐はクルリと銀時に背を向けて歩き出そうとする。


「どこ行くんだよ」

『ちょっくらひと暴れしてこよ思て』

「てめーはそれでいいのか?」


狐はその言葉にまた銀時の方を見る。銀時の紅い目と狐の目が交じりあう。


「暴れるだけ暴れて、でもてめーの気持ちは誰にも伝わってねぇんじゃねーか?」

『……』

「素直に言えばいいじゃねぇか。異端でも、仲間には入れてもらえるんじゃねーの?」

――狐やで?なんや知らんけど、こんな技が使えるようになったんや。可笑しいやろ?

『……』


銀時の頭の中には、先程言った狐の言葉があった。可笑しいやろ、と半ば諦めかけたように言った狐。きっと他の狐達とは違うのだろう。不器用さ故にずっと一人だったのかもしれない。


「見ろよ俺の髪、可笑しいだろ?銀髪だぜ?だけど、俺はこの人生に満足してる。誰も銀髪の事なんか気にしやしない。そんな器の小せぇ奴らじゃない」

『……』

「だからお前も、もう悪さするのやめろ」

『…く、くくく』


狐は笑いだした。


「なんだよ、なんで笑うんだよ」

『いや、まさか自分が人間ごときに説教されるなんて思てもみんかったわ』

「人間ごとき…」

『やけど、なんか救われた気分やわ。……感謝する』


狐は笑った。先程のようなニヤリとした笑みだったが、雰囲気が違った。銀時も狐に向かって微笑んだ。
さて、ここで銀時は土方がいないことに気づく。さては自分を追いかけているときに見失ったのだと思い、キョロキョロと当たりを見回す。


『……あ、言い忘れてんけど、もう一匹おるんやわ』


何が、とは聞かなかった。まさかもう一匹いるなんて思わないだろう。爺さんも爺さんでなんで二匹って言ってくれなかったのだ。ドタドタと音をたてながら元いた部屋に戻ろうとした。…が、如何せん家が広すぎる。狐を追ってきた時は狐を追うのに必死で道なんか考えていなかった。どうしようもなく立ち止まった時、肩に何かが乗った。


『しゃーないわ、案内したる』


狐は銀時を見てまたニヤリと笑った。



***



土方は狐をじっと見つめた。またさっきのような技を使われては人間の自分にはどうすれ事もできないからだ。狐はそんな土方の思考を読み取ったのか、くつりと笑った。


『わては鎌鼬みたいなこと、できません』

「……」

『あれが使えるんわ、あいつだけですわ。それより…』


狐はすん、と鼻をならした。すんすん、とならしながら土方に近づく。それから肩に乗ると、垂れてきている血を舐めた。


『綺麗なあんちゃん、あんた気ぃつけなはれよ。血が美味すぎる』

「はぁ……?」

『わては悪い妖怪やない、やけどあんちゃん狙われるで?』

「何に、」

『悪霊とか、悪い妖怪とか、力を求めとる奴らや』


狐はピクンと耳を動かした。それから土方の肩から降りると廊下の方を見た。


『あんちゃんは確実に狙われる。あんちゃんの"気"やら"血"やらはわてらにとっての力になる。あの銀髪のあんちゃんは逆にわてらの力を奪ってまう』


ドタドタと足音が聞こえる。先にひょっこり現れたのは狐だった。ふさふさした尻尾を揺らしながら土方を見ると、一礼した。土方も一応一礼する。


『さっきは失礼したわ。その本、爺さんが気に入っとったもんやから』

「あ、ああ……」

「土方!!」


次いで銀時が現れた。息を乱している所からここまで走ってきたのだろう。


『王子様に護ってもらうんやで』

「は、はぁっ!?」


狐はボソッと土方の耳元で囁くと、そのまま二匹して消えてしまった。


「じゃあ、俺達も帰るか」

「お、おう…」


二人もこの家を後にすべく歩きだした。



***



「っはぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


屯所にて、銀時の叫び声が響き渡った。沖田は何食わぬ顔をして耳を塞いでいる。土方も土方で銀時と同じように怒りをあらわにしているが、口をハクハク動かすだけで言葉にはなっていなかった。


「だーかーら、報酬は土方さんとのチューでって言ってるじゃないですかィ」

「何でそうなるのっ!金は、金は何処!」

「俺は金をやるなんて一言も言ってやせんぜ」


ニッコリと悪魔の微笑みをした沖田に、銀時はうなだれるしかなかった。


「だって旦那は、土方さんの王子様でですもんねィ?」


その言葉を聞いた土方はハッとする。確か狐にも言われたその台詞。ニヤリと笑った沖田はギャーギャー騒ぐ銀時を後に部屋から立ち去っていった。

どこからどこまでが沖田の策略だったのか、土方にはわからなかった。


0806
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書いてみたかった君と僕の〜続編
幽霊じゃなくなってますがそこは何も言わずに…