土方死ネタ/特殊
幻想マリオネット


その日から、銀さんは過去に囚われてしまいました。僕らの知っている銀さんはもうそこにはいませんでした。

土方さんが死んだあの日、銀さんにとって土方さんが世界の全てになりました。一人で話して、まるでそこに相手がいるかの様に笑って。いえ、確かに誰もいないはずのそこには、銀さんの視界にのみ存在がうつり込んでいるようでした。

いくら僕達が、彼は死んだと伝えても、ここにいるじゃんの一点張り。真実に耳を傾けようとはしませんでした。

銀さんの世界はますます酷くなりました。銀さんの世界の土方さんは、銀さんにとって都合の良いことしか言わないらしいのです。そりゃそのはず。だってそれは銀さんが作り出した幻想なんだから。
ヒートアップしてくる幻想世界から、銀さんを取り戻す術を、僕らは知らなかったのです。

だけどその幻想世界に終止符が打たれることになたのです。万事屋に、決して来るはずのない彼が訪れたから。


「すまねぇ。万事屋、いるか?」


銀さんだけの幻想世界は、僕らのいる現実にまで侵食したように思えてなりませんでした。












目が覚めた時、ここが何処かも自分が誰なのかも分からなかった。たくさんの白衣を着た人達が俺の周りで慌ただしく走り回っていたのを俺はぼんやりとした目で見ていたのだ。

目が覚めて最初に教えられたのは、土方十四郎という男のことだった。彼は数ヶ月前に死んだらしい。写真を見せられて説明される。ふと顔をあげたら目の前に鏡があって、映りこんだ俺の顔に言葉を失った。
だってその顔は今まさに説明されている土方十四郎だったのだ。

俺は土方十四郎のクローンらしい。遺伝子を完全に一緒にさせることは可能だが、人格だけはどうにもらならい。だから俺は、外見こそ土方十四郎そのものだが、中身は全く異なる別人ということになる。
だけど俺は土方十四郎になるように言われた。今までの土方十四郎の行動パターンや癖、日常生活のスタイルなど完璧に教えこまされた。そして俺に与えられた仕事は、土方十四郎として坂田銀時という男の傍にいてやること。過去に囚われ幻想を見つづける男をこっちに戻してやることだった。

万事屋に訪れた時、玄関まで出てきた子供二人には驚愕された。そりゃそうだ。死んだ人間が帰って来たみたいだからな。
俺は二人の頭を撫でた。二人は涙を堪えていた。俺は土方十四郎本人でないことに初めて悔やんだ。どうしてお前は、この子達を置いて逝っちまったんだ。

俺の中にはこの子達のデータのみしか存在しない。触れ合った記憶、交わした会話、温もりは何一つ知らない。

二人には説明は後でするからと言いそのまま家を後にしてもらった。初めて入る家、だけどその場所は知っている。足を進めて居間に入ると、そこには坂田銀時がいた。ソファに座り虚空を見つめ、時折愛おしそうに何かを見つめる。俺は確信した。坂田銀時は土方十四郎を見ているのだ。愛おしい幻想を見つめているのだ。


「銀時」


俺は軽く呟いた。その言葉は坂田銀時の耳に届いたらしく、坂田銀時はゆっくりとした動作でこちらをむいた。
その吸い込まれそうに朱い瞳が限界まで見開かれた。ただ俺だけを見つめている。涙が一つ、頬を伝い愛おしそうに俺を見つめた。


「ひじかた」


泣きそうな声だった。余りにも弱々しい震える声だった。それ程までに土方十四郎を愛していたのか。土方十四郎とは、いったいどういう人間だったのか。他人の言葉で伝えられる情報よりも、本人に直接会いたく思った。

銀時は俺を見つめた。あまりに熱い視線に、まるで俺が愛されているかのような錯覚に陥る。でも俺は土方十四郎ではないのだ。土方十四郎の姿をしていながら、全く別の人間なのだ。
きっとこのことを銀時に説明しても無駄だろうし、はなから説明する気などはない。


「土方」


銀時はまた土方十四郎の名前を呼び、嬉しそうに俺に抱き着いた。












トシちゃんが帰って来てからもう三日が過ぎたと思う。銀ちゃんは前みたいに私の知らない誰かと話すことはなくなった。それに、ちゃんと私達を見てくれるようになった。また、あの幸せな日々に戻れたのだ。

トシちゃんが言うには、今のトシちゃんは死んでしまったトシちゃんのクローンというものらしい。私には難しくってあんまり分からなかったけど、新八は理解しているようだった。だけど、トシちゃん本人じゃないってことだけは分かった。
あと、一つだけお願いをされた。トシちゃんがここにいる事を誰にも言わないで欲しいこと。バレちゃったらもう私達とは一緒にいれないらしい。銀ちゃんがまた前みたいになるのは嫌だし、私もトシちゃん本人じゃないって分かってるけど離れるのは嫌だった。

トシちゃん自身誰が何の目的で自分を造ったのか分かっていないらしい。でも、銀ちゃんを助けられてトシちゃんまで戻ってきてくれたから、私にはどうでもよかった。












皆、といっても俺と唯一関わりのある人間は三人しかいないのだが。そいつらは俺を土方十四郎として扱った。過ぎ行く日々の中で、俺は疑問を抱きはじめた。それはおそらく、抱いてはいけない思いだったのだ。

俺とはいったい誰なのか。それが俺の疑問だった。
皆は俺を土方十四郎として見るが、本当は土方十四郎なんかじゃない。
こんなこと、間違ってるんじゃないかって。だって、土方十四郎は土方十四郎であって、決して俺が代わっていい存在ではないのだから。


「なぁ、銀時」

「なーに、土方」


いつもの午後、銀時はいつもと変わらない時間を過ごす。きっと、これから歯車が狂い出すなんて思いもしない。背中に回した俺の手には、先端の光る包丁が握られている。

俺は土方十四郎なんかじゃないんだ。俺は俺であって、俺以外の何者でもないし、土方十四郎だって土方十四郎以外の何者でもないのだ。


「幻想ごっこはもう終わりだ」

「土方?」

「認めようぜ、現実を。土方十四郎は死んだんだ」


俺は手に持っていた包丁をゆっくりと自分の首筋に当てた。
幻想ごっこはもう終わり。これからは現実を見て、土方十四郎という存在を認めて。坂田銀時にとってかけがえのないたった一人の恋人を。


「じゃあな、坂田銀時」


今度はちゃんと死を認めて。
赤い血が、俺と坂田銀時を濡らした。












土方は死んだ。認めたくなかった。もう土方と会えなくなるなんて、嫌だった。死を認めたくなかった。死なんてなければよかった。

土方が死んだ。土方は二回死んだ。そいつは幻想ごっこはもう終わりだと言った。


土方ごめんごめんごめんなさい俺が弱いばっかりにお前という存在を傷つけるような真似をしてお前が死んでからもお前に縋るような真似をして。




幻想ごっこはもう終わり。

夢を見るのももう終わり。

俺は動かなくなった目の前の土方をゆっくり抱きしめた。




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人間はかけがえのないものだから、複製なんて駄目駄目だよっていう授業でやった文章の内容を銀土にしてみた


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