とある昼下がりにて
『銀時』


先生が優しく俺を呼ぶ。そういや昔、優しい声で俺を呼んでよく頭を撫でてくれたっけ。
ほわほわする夢の中、俺は心地好く目を閉じた。


次に目を開けた時、そこはいつもの見慣れた万事屋だった。随分と懐かしい夢を見た気がする。先日の土方の一件があったからだろうか。土方にとっての兄貴は、自分にとっての先生とよく似ていたように感じた。
誰もいない万事屋。読みかけのジャンプが床に落ちている。ついでに言えばソファーの上に寝転んでいる銀時も体半分が落ちかけになっていた。
今日は朝から神楽が新八と一緒にそそくさと万事屋から出て行った。銀時は寝ぼけた頭でそれを見送ったのを思い出す。依頼が入ってきたらどうすんだと思いながらも、滅多に入らない依頼に随分と払っていない給料とで文句を言う気も失せた。太陽の光りが柔らかく銀時を包み込み眠気を誘う。もう一眠りしようと心地好いまどろみに意識を預けようとしたその時、万事屋のチャイムが鳴った。銀時の意識はその音でいっきに現実に引き戻され、眠たい頭を持て余しながらフラフラと玄関へ向かった。


「はーい、どちらさんですかあ」

「よお」

「……ひじかた?」

「てめぇ寝てたのか。そのうち脳みそ腐っちまうんじゃねぇの」


銀時が開けた玄関に立っていたのは土方だった。明らかに今まで寝ていましたと言わんばかりの顔を見て、土方は軽く笑う。銀時はまだ頭が半分しか覚醒していないのか、眠たげな目を擦りながら、入っていけば?と土方の手をとった。


「いや、今日は万事屋にいたい気分じゃねぇ」

「……何それ、銀さん傷心したー」

「ちょっと買い物に付き合ってもらおうと思ってな」

「え、何々?何買うの?」

「何でもいいだろ」


そう言って煙草をくわえる土方。火をつけられた煙草から煙りが香る。それは土方の隊服にいつも染み付いている匂いと同じだった。
買い物に付き合って欲しいという土方。外に出てみると部屋の中より気温は低いがそれでも暖かく気持ちいい。銀時は欠伸を噛み殺すことなく大きく口を開けた。


「どんだけ眠たいんだよ」

「いやぁ、なんか今日ってさ、いい感じの天気じゃん?だから…」

「気楽でいいな」


暫く歩いた後、土方は銀時にここで待ってろと声をかけて一軒の店に入って行った。そこは土方の非番の日にはいつも二人で行く行きつけの居酒屋で。袋を提げて帰ってきた土方の後ろから、そこの旦那が顔を出して微笑みながら銀時に一礼した。銀時も礼を返すと、楽しんで下さいねと口パクで言われ、何の事かさっぱりわからない銀時はただ曖昧に笑顔を作るだけだった。


「なァ、土方それ何?」

「酒。貰ってきた」

「ふぅん、じゃあもう帰る?」

「……そうだな、今何時だ」

「えーと、」


銀時はキョロキョロと時計を探す。見つけたその時計の針は2時を過ぎようとしているところだった。それを土方に伝えると、何やら少し考えているようで。暫く沈黙が続いた後ようやく土方が口を開いた。


「昼飯、食ったか?」

「あ、そういやまだだ」

「じゃあ食いに行こうぜ。何処がいい」


そういや土方とこうやって二人で落ち着いて話すのって、久しぶりだ。聞かれたその言葉に答えながら、銀時は思った。
このところ土方もとい真選組は何かと忙しかったらしく、会えない日々が続いていた。ブラウン管越しに慌ただしく走り回る黒い隊服を銀時はただ見ることしか出来なかった。怪我はしてないかとか、ちゃんと食事はとっているかとか、言いたい事はたくさんあったが、邪魔になってはいけないと思うとなかなか会いに行くタイミングが掴めなかったのだ。だからこうして土方から会いに来てくれたことが銀時には嬉しかった。
それからそこらのファミレスでたわいもない話をしながら食事を終え時計を見ると3時半。随分と長くファミレスにいたもんだ。勘定を済ませて店から出る。自分の前を歩く土方の背中を見ると何故か無性に抱き着きたくなる衝動にかられたが、こんな公共の場で抱き着いたら後々大変な目にあうのでその衝動を無理矢理押し込めた。そんな銀時の心境を知らない土方はすたすたと帰りへの道を歩いていた。

万事屋の前まで到着する。てっきり土方はそのまま屯所へ帰るのかと思っていたが、銀時の予想は外れ土方は万事屋へと続く階段を登っている。銀時としては万々歳な状況なので、下手にこの事に突っ込んで土方が帰ってしまわないように何も言わなかった。

そのまま階段を登りきった銀時は、万事屋のドアを開けた。


「「お誕生日おめでとー!!」」


その瞬間鳴り響くクラッカーと明るい声。クラッカーから飛び出た紙吹雪はヒラヒラと宙を舞い、銀時へと被さった。状況が上手くのみこめない銀時は、目の前にいる二人の子供達の顔と土方の顔を交互に見比べた。どちらもしてやったりという顔をしている。
そこで銀時の頭の中ですべての出来事が一つに繋がった。朝から出かけて行った神楽と新八、土方はこの準備に気付かせない為に銀時を外へと呼び出していたのだ。今日が誕生日ということをすっかり忘れてしまっていたので、気付けなかったのだ。


「お前ら……」

「まぁ、ちょっとしたサプライズパーティーですよ」

「早く中に入るアル!」

「うお、ちょっ、引っ張るなって!」


子供達に両方の腕を引かれてリビングへと入る。土方も苦笑しながら銀時の後に続いた。
リビングからはいい匂いが漂っている。そこには沢山の料理とケーキ、それに見知った顔もずらりと並んでいた。


「こんな大人数でするなんざ、久しぶりだろ」

「……ああ」

「やっぱり祝ってもらう人は多い方がいい」


土方に後ろから話し掛けられ、瞼の奥に何か熱いものを感じた。
『銀時』、先生の声を思い出す。こんな風に祝ってもらったのは何時ぶりだろうか。もう記憶も薄れる程前だったような気がする。先生を失ってから、誕生日を祝うなんてことをしたことがなかったから。
暖かな場所で、沢山の人に囲まれて、大事な人が傍にいて。家族という暖かみを知らなかった銀時にとって、それを教えてくれたのは先生だ。今、その暖かみがまた銀時の元にある。


「なんか、あったけぇなァ…」

「…そうだな」


目の前の風景に思わず涙がこぼれそうになった銀時に、神楽が声を飛ばす。


「あ!銀ちゃん嬉し泣きアルか!」

「ばっか、そんなんじゃねーよ」


そう言いながらもぐしぐしと目元を拭き取る銀時に、土方が誰にも聞こえないよう銀時の耳元で囁いた。


「じゃあ、俺から坂田銀時にプレゼントを一つ」

「へ?」


かけられた声に間抜けな声を出しながら振り向く銀時に、土方はニッと笑って言葉を続けた。


「てめぇの家族になってやるよ」


予想もしないその一言に目をパチクリさせる銀時。家族になる。それはどういうことなのか確かめたくて。慌てて土方に聞き返す。


「それって、結婚……」


しかしその続きを言う前に土方が銀時の口を口でふさいだことによって中断されてしまった。

( end )



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