甘美良好
欠伸を一つ。誰もいない万事屋の居間で土方はうつらうつらと意識を揺るがしていた。
夏も終わり、秋にさしかかるこの季節。夜や朝方は肌寒いものの、昼過ぎにもなると日光が調度良い具合に降り注ぐ。それがまた土方の眠気を刺激した。


「ただいまヨー!」


だが、土方の心地好い睡眠時間は元気の有り余っているような少女の声によって中断された。どうやら買い出しに行っていた神楽と新八が帰って来たようだ。土方は椅子に座りながら伸びを一つすると、気の抜けた声でお帰りと返した。

定春は土方の足元でまだ眠っている。今日は依頼も来ない気がするし、もう一眠りするかと机に突っ伏せようとした時、神楽が思いついたように言った。


「そういや、今日はアイツの誕生日らしいネ」

「………あいつ?」

「坂田さんの誕生日だって、沖田さんが言ってました」

「……へぇ」


土方の脳裏に銀色のフワフワした頭の持ち主の顔が浮かぶ。真選組副長、坂田銀時だ。
土方と銀時は所謂お付き合いというものをしているわけだが、如何せん土方の性格上甘々カップルとは程遠い関係に思える。それに土方は銀時のことをあまり知らない。逆に銀時は土方の事を案外知っていたりする。銀時は自分の情報を土方に教えないくせに、土方の情報だけはどこからともなく仕入れてくる。聞かない土方も悪いのだが、そこはおいとくとしよう。


「今、坂田何処にいるか分かるか」

「さぁ…あ、でも今日非番らしいですから、外にいるんじゃないんですか?」

「そうか」


たまには自分から何かをしてやるのも悪くないと思った。いつもつんけんな態度を取ってしまっているから、今日くらいは優しくしてやろう。今は昼過ぎで誕生日も残り少ないが、甘味の一つくらい奢ってやれるだろうと。それで最後に祝いの言葉を添えてやったら驚くに違いない。だって銀時は土方が今日が誕生日であることを知らないと思っているのだから。
土方は椅子から立ち上がってひと伸びし、銀時を探すべくかぶき町へと歩き出した。


ふらふらと当てもなく歩いて行く。外に出てからはや一時間は経過しただろうか。土方はまだ銀時と出会えていない。
いくら非番だからといって必ずしも外に、しかもピンポイントでかぶき町にいるとは限らない。屯所に行ってみるかと進路を変更した時、自分の名前を呼ぶ聞きなじみのある声が聞こえた。


「土方!!」

「あ、坂田」


振り向けばこちらに向かって走ってくる坂田が視界に入った。ニコニコしながら手を振っている。


「探したっての。万事屋まで行ったのにいないって言われてさ」

「万事屋に来たのか」

「ああ」


ならあそこでもう一眠りしていてもよかったな、と土方の思考が斜めに傾いたが慌てて元に戻した。今日は銀時の誕生日で、土方は知らないフリをして甘味を奢り、最後に不意打ちでおめでとうと言う。完璧な作成。居眠りのことは頭から追い出す。


「なぁ、甘味食いに行かねぇ?」

「珍し、どうしたの?」

「あー…。俺だって人間だぜ?一年に一回くらい糖分摂取しねぇとアレだろ」

「土方もやっと糖分の大切さに気づいたか」

「マヨと煙草の方が何十倍も大切だけどな」


そう言って土方は白い着流しを翻し、スタスタと歩き出した。銀時も慌てて後を追った。

銀時は土方がいきなり甘味を食べようと言ってきた理由が分からなかった。普段なら絶対に土方からは何も誘ってこないのに、今日は一緒に甘味を食べようと言ってきた。土方が初めてデレたのだ。甘味を食べようと言ってきた事に違和感を感じたが、デレてくれた嬉しさの方が勝っていた。だから銀時の頭の中はフィーバー状態でただ土方について行くだけになっていた。

土方としては何も聞いてこない銀時に対し、何か不自然な所があったのかと葛藤していた。土方の策略に気づいていてあえて何も言ってこないのか、単に気づいてないだけなのか、それとも誕生日ということを忘れてしまっているのか。
どうか最後であってくれと土方は願いながら銀時がいつも食べている苺パフェがある店に向かった。




「んー、うっめぇ」


口いっぱいにパフェを頬張りながら銀時は言った。美味しそうにパフェを頬張る銀時を見ていると、自然と気持ちが緩む。食のリポーターにでもなれるんじゃないかと本気で思えてくる。甘味を食べに行こうと言っただが、甘味などさらさら食べる気などなかったので適当に理由をつけてコーヒーだけを頼んだ土方は、そんな事を考えながらコーヒーを一口飲み込んだ。

じっと自分を見つめてくる視線に銀時はドキドキしていた。今日の土方はいったいどうしてしまったのか。単に機嫌が良いだけなのか、変なものを食べたのか。嬉しいことには嬉しいのだが、疑問を抱かざるを得なかった。

(…でもちょっと待て、今の土方なら何でもいうこと聞いてくれるんじゃねぇのか……?)

銀時の中にそんな考えが浮かぶ。今なら普段絶対にやってくれなさそうな事を駄目元で頼んでみたらどうだろう。聞き入れてくればラッキーだし、そうじゃなくてもいつもの土方で終わらせれる。
まず初めは夢だった、あーん、だ。銀時は手に持っていたスプーンを土方の前に差し出した。


「……何だ」

「銀時あーん、てやって?」

「……………」


一瞬眉をしかめてからの長い沈黙。しかしそれは呆れた顔で銀時を見つめる沈黙ではなく、何やら考えこんでいる沈黙だった。いつもなら、死ねボケ消えろでパフェぶっかけられて終わりだが、今日は違う。銀時に一筋の希望の光が差し込んできたかのように見えた気がした。

土方は迷っていた。なぜなら、銀時あーん、など絶対にやりたくないからだ。すぐさま否定しようと思ったが、誕生日という事実がその言葉の邪魔をする。期待に満ちた目で見つめてくる銀時。本来ならパフェぶっかけてはいさようならだが、今回は特別。仕方なく土方はスプーンをぶん取った。


「銀時」


土方の持つスプーンが銀時の口へと近づく。銀時はその言葉の次に続くだろう、あーん、を待って口を開けた。だが、次に紡がれた言葉は銀時の予想とは全く違うものだった。


「誕生日おめでと」

「むぐっ」


意外な言葉に思わず声を上げたが、土方にスプーンを口に突っ込まれた事により疑問の声を出すことは叶わなかった。土方は驚く銀時を見てしてやったりという顔をしていた。それから代金を銀時の目の前に置いて、奢りだと一言残して店から去って行った。

土方がいなくなると、スプーンをくわえたままの銀時は机に突っ伏した。
誰に聞いたのか分からない自分の誕生日。きっと土方は初めからこれが目的だったのだ。いつも銀時に奢らせている土方だが、今日は土方が奢った。おそらくこのパフェは土方からの誕生日プレゼントと解釈していいのだろう。
銀時は今の今まで今日が自分の誕生日だということを忘れていた。近藤からは非番を貰い、沖田からは土方の隠し撮り写真をいつもより安めに売られた。今日はただ単についている日だと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。

(ヤベー、ニヤニヤがおさまんねぇ…。てか何あのしてやったりって顔。可愛すぎんだろッ)

付き合い出してからもツンツンして、つれない態度ばかりとる土方に、正直言って嫌々付き合われていないか不安だった。だけど今日この時、そんな不安はいっきに無くなった。
きっと土方はまだ近くにいるはずだ。
銀時は勘定を済ますと急いで土方の後を追った。


このあと調子に乗りすぎた銀時が土方にボコボコにされるのはまた別の話し。



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