かくれんぼ
この辺鄙な学園に閉じ込められて数日が経過した。学園長を名乗るロボット―モノクマがさせようとしているコロシアイは、まだ起こっていない。いや、起こしてはならない。とにかく何かこの学園の謎を解く手がかりはないかと、最原はとある場所を探っていた。
「(何か…ないかな…)」
そのとき、ドアが開く音が聞こえビクリとする。振り向き、音符柄のスカートをひらりとはためかせながら入ってきたその人物を見て、最原は警戒心が少しだけ和らいだ。見知った、というほどではないが、恐らく他のクラスメイトよりも行動した時間が少し多いであろう彼女。
「あれ?最原くん」
「…あ、赤松さん…。どうしたの?」
「えっとね、何か調べられないかなって思って来たんだけど…」
「それで、ここに?」
「やっぱり、最原くんも?」
「うん」
2人の記憶の中で、この学園で一番最初に意識を覚醒した場所。最原と赤松が出会った場所でもある、校舎2階の端にある教室。気になるといえば当然だろう。
「もしかしてもう何か見つけたりした?」
「いや…それがまだ何も」
ざっと見たところ机も床も天井も黒板も気になるものや隠されたものなどはなかった。学園中のどこにでもある大きなモニターや、有刺鉄線で雁字搦めになっている窓は何の意味があるのかは考えてもわからないのでおいておく。
「…そっかあ。そんな簡単にはいかないよね…」
しゅんとする彼女に何だか忍びなくなって、そうだ、と提案する。
「これからロッカーを調べようと思ってたんだけど、赤松さんも一緒に見ない?」
「ロッカー?…ああ、あそこ!」
教室の隅にあるロッカーまで移動する。2つ並んだそれの片方に、赤松がそっと触れた。
「私たち、ここに閉じめ込められてたんだよね…」
「そうだね…」
改めて中を見てみても、おかしなところは何もなかった。強いて言うなら、用具入れのようなのにそれらしきもの、ホウキだとかチリトリだとかが入っておらず、空っぽであるということか。何ら手掛かりにはならない要素だ。
「赤松さんも、どうしてここにいたのか覚えてないんだよね?」
「うん…気づいたらここにいたから、ビックリしたよね…」
最原もそうだった。ハッと気づけばこのロッカーの中にいて、慌てて外に出たら彼女がいた。つい先日のことだというのに、あれから色々なことがありすぎて何だか懐かしさすら覚える。
「そうだ!」
「えっ…ど、どうしたの赤松さん」
「ねえ最原くん、あのときの状況を再現してみない?」
「再現…?」
「もしかしたら何か思い出すことがあるかもしれないし、どうかな?最原くんが嫌なら、私一人でやるけど…」
そこで語気が弱くなる彼女は、先日の地下通路のことを思い出しているのかもしれない。赤松が率先して向かったあの通路には、どう足掻いても進めないという絶望しかなかった。しかし決してあの行為は彼女の押し付けではない、と少なくとも最原は思っているが、彼女はまだ気にしているようだった。
「ううん、僕もやるよ」
「ほんとに?大丈夫?」
「だって僕もいないと完璧に再現出来ないでしょ?」
あのとき自分たちは、2人揃ってこのロッカーの中にそれぞれいたのだから。
「…ふふ、そうだね。じゃあやってみようか!」
そうして2人はロッカーの中に入っていった。扉を閉めると、当たり前だが暗いし息苦しい。隣からコンコンと音が響いた。
「最原くん、聞こえる?」
「あ、うん…聞こえるよ」
「まずは私から出るね」
扉を開く音、それから「うーん?」という赤松の声が聞こえる。特に得られるものはなかったようだ。自分もそろそろいいかな、と思い外に出た。
「あっ最原くんだめだよ!」
「え…?な、なにが?」
「だってキミはロッカーから転げ落ちてきたでしょう?」
「転げ落ちてはないと思うけど…えっ、そこも再現するの?」
「完璧に再現するなら、やっぱりそうした方がいいんじゃないかな」
と背中を押されてテイクツー。最原は再びロッカーの中に戻った。何だか何をしているのだろう、と思わないでもなかったが、一度やると決めたことなのでしてみる。バッと扉に向かって体当たりした。勢いよく開いた扉からつんのめって、床に膝がついた。
「いたた…」
「だ、大丈夫!?最原くん!」
「う、うん…あれ…?」
「あ…」
何だかいつもより視界が、目を丸くしながらこちらを見下ろす彼女が、クリアに見える。そこで最原は気づいた。帽子が先ほどの勢いで脱げてしまったことに。
「ぼ、帽子…!」
辺りを見回す最原よりも先に赤松が見つけ、拾ってくれた。
「はい」
「あ、ありがとう…」
差し出されたそれを受け取ろうとしたら、赤松が帽子を持った手を離さずにじっとこちらの顔を見つめていた。
「? 赤松さん…?」
「あ、ご、ごめんね!はい」
そうして今度こそ受け取ったものを被りなおす。またもや視線を感じた。
「どうしたの…?」
「…あのね、やっぱり最原くんって顔きれいだなって。帽子で隠れちゃってるの勿体無いなーって思っちゃった」
「…っ!?」
「なんて、男の子に言ってもだよね…あれ?最原くんどうしたの?」
「な…何でもない…」
帽子をしている理由は誰にも話していない。あまり触れられたくないところだ。それとはまったく関係なしに、ただただ今これがあって良かった…と思いながら、最原は自分の赤くなってるであろう顔を隠すように深く帽子を被り直した。
お題「帽子」
170216
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