月を友にて あかす頃 | ナノ

The ship is at sea.



帰りの支度をしていると、机の中から今日が返却期限の本が出てきた。そういえば借りたその日に読み終わって返すのを忘れていたので、今日は図書室に寄らなきゃな、と思ったところで自分を呼ぶ声が聞こえた。

「ねえ最原くん」
「あれ、赤松さん」

最原が顔を上げるとクラスメイト兼、友人でもある赤松が立っていた。「どうしたの?」と聞くと彼女は少し目を泳がせて、「ちょっと話したくて…今、いいかな?」と逆に聞き返された。

「大丈夫だけど…何かあったの?」
「うーん、何かってわけでもないんだけど」
そう言いながら赤松は椅子を引いて、最原の前の席に座った。

「さっき百田くんたちと盛り上がってたけど、何の話をしてたのかなーって」
「ああ」

確かにさきほどまで百田と話していた。というか、話を聞かされていた。超高校級の宇宙飛行士たる彼が、どうして宇宙を目指すようになったのか。それ自体には興味があるものの、語られる内容はなかなか荒唐無稽なものだった。祖父の家で見つけた宝の地図を売り、それで海に出て海賊とも戦った、なんて。

「海を制覇一歩手前ってところで、自分は海にも地球にもおさまる男じゃない!ってなったらしいよ」
「あはは。鵜呑みには出来ないけど、百田くんらしいかも」
「そうだね。どんな無茶苦茶な話でも、百田君なら信じさせるものがあるというか…」

さすがに作り話だろう、と内心思えどあまりに堂々と話す態度を見ていると、もしかして本当に…?と考えさせられるのが百田解斗という男であった。どこからか寄ってきた真宮寺や天海などは才能故に気になるのか単なる好奇心か、興味深そうに聞いていた。ひょっこり現れた王馬は茶々を入れていたけれど。
一通り内容を知った赤松は、「そっかあ」と何故か目を伏せた。

「何だか悔しいな」
「えっ?何が…?」
今の話のどこに赤松が悔しがる要素があったのだろうか。

「だって私にはそんな冒険譚ないから」
船上パーティに呼ばれてピアノを弾きに行ったことならあったけど、海賊とは出会わなかったし…と言う彼女にいや、出会ってたら大問題だよ…と突っ込む。そうそう出会えるものでもないし、そもそも出会いたいものでもないだろう。

「赤松さんも冒険したいの?」
幼いころよりずっとピアノを弾くばかりだったといつだかに言っていたが、実は意外とそんな欲求があったのだろうか、と最原は考えた。
「…そうじゃなくてね、」
「う、うん」
ゆっくりと目線をこちらに合わせてきた赤松に、妙にドギマギしてしまった。

「私はピアノバカだからピアノの話しかしないし、百田くんとか他の人たちみたいに面白い話が出来ないなーって」
「え?僕は赤松さんの話を聞くの楽しいよ」

超高校級の才能を持った高校生のみが集められたこの学園では、規格外常識外の人間がゴロゴロいてついていけないことも多いが、やはり一つの分野に長けた者の話を聞いたり、その活躍を目の当たりにすることは面白いものだった。とりわけ、赤松の話は、というか赤松自身は最原を惹きつけた。それがどうしてなのかは探偵の脳をフル稼働させて考えてもわからない。入学して一番に話したひとだったからか。その優しさや明るさに救われたことが何度もあったからだろうか。とにもかくにも、今や大切な友達である赤松の話をつまらないなど少しも思ったこともない最原は、何を気にしているのかが疑問だった。

「……」
赤松は何やら難しそうな顔をしながら腕を組んでいて、小さなため息を一つついた。

「…最原くんが聞き上手だからいけないんだ」
「え、ええ…?」
「それも探偵の才能なのかな…?」
「か、関係ないと思うけど…」
「だって調査をするのに人の話を聞くっての重要でしょ?」
「確かにそうだけど、別に捜査しているわけでもないし…僕が単に赤松さんの話を聞きたいだけだけど…」
「〜〜〜っっ」

頬を染めて、どうにも落ち着かない様子の赤松に少し焦った。どうしよう。何か気に障ることを言ってしまったのかもしれない。

「あ、赤松さん?」
「さ、最原くんの方も、もっと自分のこと話していいんだからね!」

最原がオロオロしていると、このよくわからない空気を吹き飛ばすかのように赤松が言った。これまた予想外の言葉に、やはりどうしたらいいかわからなくなった。

「えっと、僕の話こそつまらないと思うけど…」
「つまらなくなんか、ないよ。私だって、聞きたいんだから、キミのこと」
「…あ、ありがとう…」
「…ふふ、どういたしまして」

そこでようやくいつものような笑顔を見せてくれたので、よくわからないままだが赤松がいいならいいか、と最原は思ったのだった。


「…終一は赤松とよろしくやってるみてーだから、今日のトレーニングは2人でやるか、ハルマキ」
「…………別に、構わないけど」
「よしじゃあ行くか」
「! ちょっと、何であんたいつも引っ張るの…!」

教室の外で密かに友人たちに見守られていたことを二人は知らない。




お題「海賊」
170615


Clap
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -