月を友にて あかす頃 | ナノ

たった一つの幼いメロディー



超高校級のピアニストの研究教室。まだ数日しか経ってないというのに、すっかりこの空間にも慣れたような気がする。こんな軟禁状態である学園内で安心感すら覚えるのもおかしな話だろうか?そしてそれはピアノがあるからか、それとも。

「…ん…?」
今日も今日とて赤松は最原と二人で連弾の練習をしていた。楽譜を見ながら唸る最原の端正な横顔に、指導をするのも忘れてつい見入る。自分から誘っておいて何だが、探偵さんにしたこともないらしいピアノを一緒に弾こうなどと言って大丈夫だったろうか、と当初赤松は内心不安だった。ピアノが楽しいのは自信を持って言えるが、最原は気に入ってくれるかはわからなかった。しかしそれも杞憂だったようで、たどたどしくも最原は懸命に鍵盤を奏でている。どうしてか赤松はそのことがとても嬉しくて、つい何度も誘ってしまうのだった。今まで誰かと連弾などした経験はなく、まだ学ぶことが多い身であり誰かに教えたいと恐れ多くも思ったこともなかったのに。ねえどうしてだろうね最原くん。
楽譜と手元を交互に見やる最原の前髪がゆらゆら揺れている。

「最原くん、前髪、邪魔じゃない?」
「え?」
「よかったら私のピン借りる?」
「えっ」

最原は顔を上げて思ってもみなかった、という表情をしているが、構わずに自分の前髪につけているヘアピンを一つ、外して差し出した。音符型のそれは、赤松お気に入りのものだ。大きなコンサートなどではもっと派手な髪飾りもつけるが、実はあまり趣味ではない。普段はシンプルにかわいいものでいい。

「いやでも…赤松さんには似合うけど、男の僕には…」
「そんなことないって!ほら」

ぐい、と隣に座る最原と更に距離を詰めて近づくと、「…っっ!」という声とともにバーン!と大きな音が鳴った。不協和音が耳をつんざく。

「わっ…び、びっくりした…!」
「あ、っごめん赤松さん!」
どうやら慌てた最原が鍵盤に置いていた両手を思い切り下ろしたようだった。

「もう、取って食おうわけじゃないんだからそんな驚かなくてもいいじゃない」
「ご、ごめん…」

むくれる赤松に最原が申し訳なさそうに謝るが、しかし無理じいをしたのはこちらである。「…あ、ううん、こっちこそ急にごめんね」と言いながら身を引き、ヘアピンを元の通りにつけようとした。

「あ…あの、赤松さん」
「うん?」
「その…嫌だったわけじゃないから…ちょっと驚いただけで。だから…その」
「…」

膝の上に移動させた両手拳をそれぞれ握りしめながら、最原の告げる声がどんどん小さくなる。デクレッシェンド。何やら言いにくそうな様子に、もしや彼は自分を立てようとしてくれてるのだろうか、と思い至った。赤松がしようとしたことを気にさせないように。

「か、借りてもいいかな…それ」
「…え、ほんとに?いいの?」
「う、うん。ここにいる間だけなら…」
「…じゃあ、はい!あ、やっぱり私がつけてもいいかな?」
「…うん」

最原の優しさに甘えているなと思いつつ遠慮しないことにした。観念したように、こちらに顔を向けて何故かぎゅっと目をつむる最原は至って真剣な様子だった。かっこいい、というよりはかわいくて、

「…赤松さん?」
「あ、うん!今つけるね」

何の気なしの行動だったが、けっこう、恥ずかしいことをしているのではないか、と。今更少しだけドキドキしながら、そっと彼のさらさらの前髪を寄せて、ピンで留める。パチンと小さく音が鳴った。

「出来たよ、最原くん」
「…みたいだね」
「うんうん、やっぱりかわいい!」
「ははは…」

ピンをつけられたところを落ち着きなさそうに触る最原に、図らずもお揃いになった姿がくすぐったい気持ちにさせる。

「…確かにこれだと、前髪が邪魔にならないからいいね」
「でしょう?いつでも借りていいからね!」
「あ…ありがとう。じゃあ、続きしよっか」
「うん!」

二人でピアノに向き合うこの時間が、この学園を出た後も続けばいい。赤松はそう思った。



お題「髪飾り」
170602


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