魔法使いと踊りたかったシンデレラの話
あるところに帽子被りのシンデレラがいました。シンデレラには伯父譲りの優れた洞察力と推理力がありました。その能力である事件の真実を暴いたことがありました。人を追いつめたことがありました。憎しみがたっぷり込められた視線をもらいました。
「ひとの目がこわい。僕はもう 真実をむりやり暴くことはしたくない」
なにかを見なくてもすむようにと、だれかに見られても大丈夫なようにと、深く深く視界をふせぎました。
そんなシンデレラのもとに、魔法使いは現れたのでした。
「ねえ 自分を信じられないキミに 魔法をかけてあげられたらよかったのにな」
豊かなメロディを指先から産み出し、一国の王さまをもうならせる力を持つ魔法使いは、しかしこの場で魔法を使うことは出来ませんでした。魔法使いは音を紡ぐ代わりに想いを込めた手のひらを、そっとシンデレラの手に重ねました。じんわりと染み込むぬくもりと言葉は、シンデレラにとっては確かな魔法でした。
そうしてシンデレラは、舞台へと向かいました。そこには王子さまの姿はなく、ぐるぐる翻弄されている仲間たちと、必死に罪と真実を向き合おうとする魔法使いの姿があるだけでした。すべてに気づいてしまったシンデレラは口を閉ざしていたのに、魔法使いは再び魔法をかけるのでした。のろいでもあったかもしれません。
「キミが終わらせるんだよ。きっとキミならできるから、―信じてるから」
かくしてシンデレラが真実に立ち向かったおかげで仲間たちのいのちは助かりました。一人の魔法使いの涙と笑顔と引き替えに。シンデレラの初舞台の終わりを告げる12時の鐘は、歪な音でした。生涯忘れることはないでしょう。
「――さん、――さん……っ!!」
こんなけつまつになるならば、やはり一人引きこもっていたらよかったのだと。信じることも疑うこともしなければよかったのだと思うことも、涙も、止めることはできません。
しかし魔法使いが消えても、魔法が消えることはありませんでした。もらった優しさも、激しい胸の痛みも、どうしようもない後悔も、ひっそりと交わした約束も何ひとつ、シンデレラは捨てることをしませんでした。だからこの帽子を脱いだとしても、物語はまだ続きます。
「だけど僕は、キミと、」
これは優しい魔法使いと踊りたかった、臆病なシンデレラのお話。
お題「童話」
170210
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