埋もれた山から埃の床から
「あっ最原くん!いた!」
ラブバラエティなどというふざけた名目で始まった学園生活も、半分が過ぎようとしていた。突然10日間も共に過ごすことになったクラスメイトだが、幸いにも15人とも悪い人ではなかった、と赤松は思っている。ここから出れたら、本当の友達になれたらいい。特に、彼とは。ふしぎと自然とここでの生活が始まってからずっと一緒にいる男の子。
―最原くん。
いつも誘われてばかりなので、赤松は今日こそは自分から誘うぞ!とデートチケットを握りしめていた。しかし何故か今日に限って最原が見つからない。学園内で行けるところは限られているがたった一人を探すにはあまりに広い。
そして図書室にたどり着いた。楽譜なども自分の研究教室にあるため、赤松は普段はあまり来ない場所であるが、思えば最原は推理小説が好きなようなのでここにいても何らおかしくはない。
かの人は脚立に登りながら本棚から取ったらしい本を読んでいた。赤松の声に気付いてこちらを見る。
「赤松さ、」
そこで読書は危ないんじゃない?と思ったところで最原が足を踏み外して転落した。
「う、わああああ!」
「き、きゃゃあああ!最原くん…!」
慌てて赤松は駆け寄った。運がいいのか悪いのか下に積まれていた本がクッションになったようだが、その弾みで他の本の山が崩れて最原は哀れにも埋まってしまった。
「最原くん!大丈夫!?」
顔も見えない状態なので返事もない。大変だ。聞こえているのかもわからないが、聞こえるように叫んだ。
「待ってて、今助けるからね!」
一応は学園の本であるが気にしてはいられないので次から次へと本を取っては放り出す。ああこの山を一瞬で吹っ飛ばせたらいいのに!願ったところでそんな奇妙な力が芽生えることはなかった。
「いっ、た…」
うっかり紙で指を切ってしまったがこれも構っていられない。何冊目かの本を手に取ったとき、ようやく最原の顔が見えた。目を閉じている。
「さ、最原くん…!」
赤松の声に呼応するようにゆっくりその目が開かれた。
「あかまつさん…?」
「最原くん、どこか怪我はない!?」
「う、うん…何とか…」
「よ…よかったあああ…」
ぼんやりとしながらも本を払って上半身だけ起き上がる最原に、心底ほっとして肩の力が抜ける。もうずっとチャイコフスキーの悲愴が頭の中を流れてたよ!と言うと「ご…ごめんね心配かけて…ありがとう」と申し訳なさそうに謝罪と感謝の言葉が告げられた。八の字になった眉だったが次の瞬間につり上がった。
「赤松さん!指が…!」
「えっ…ああ…そういえばさっき切っちゃったんだ」
大したことないよ、と最原の視線から逸らせようとしたら両手で掴まれてしまった。強い力ではない。まるで何かとても大切なものに触れるような優しい感触にドキリとした。先程までとは違う意味で心臓が速くなる。そんな赤松をよそに最原は真剣な表情で赤松の指を見ている。
「早く手当しなくちゃ…!」
「そ、そんな気にしなくても大丈夫だよ。ちょっとだけなんだから」
「でも僕のせいで、」
「…もー!!」
赤松は手を振り払って最原のほっぺたをぶにっと押しつぶした。整った顔が崩れて少しおかしかった。驚きながらこちらを見る目を真っ直ぐ見返す。
「あ…赤松さん…?」
「私よりキミの方が心配だよ!」
怪我はないと先程最原は言っていたが、そこそこの高さから落ちたうえに本に埋もれたのだから体のあちこちをぶつけているだろう。無事だったとつい安堵してしまったが見た目では分からない痛みがきっとあるに違いない、と今更思い立った赤松は立ち上がる。
「だから、一緒に手当しに行こう?」
「…わかった」
そうして埃が舞い立つ場所からおさらばするとき、最原がふと床に落ちていた紙を拾い上げた。くしゃくしゃになったデートチケットだ。
「あっ…それ使おうと思ったんだけど、こんなことなっちゃったし…捨てて大丈夫だよ!」
「…じゃあ僕がもらってもいい?」
「え、あ、うん。いいけど…」
「ありがとう、赤松さん」
「それはさっきも聞いたよ」
苦笑する赤松が、「これ、手当が終わったら…使ってもいいかな」という最原に赤くなるのは数秒後の話。
お題「見つけた」
170420
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