月を友にて あかす頃 | ナノ

レイニーレイニー



その日は珍しく雨が降った。珍しいというか、この学園に閉じ込められてから初めてである。大きく囲う格子の先にいつもある、憎らしいくらい青い空が見えないのが新鮮にすら思う。憂鬱になるような、少し高揚するような気分だった。授業もないこの学園で天気が悪いからといって外に出る必要もない。しかし寄宿舎にこもるのも何だということで、一部の女子たちと食堂でお茶会をしていた。東条が用意してくれた美味しい紅茶と軽いお菓子を口にしながら、湿気で髪の毛がまとまらないねとか、雨は嫌いだとか好きだとか、他愛無い会話をすることが楽しかった。

「こういう日はショパンの雨だれを聞きたくなるよね!」
「んあー?どんな曲なんじゃそれは…」
「えっとね、こういう曲なんだけど…」
「わからん…」
「ううーん聞いたことはあるような気がするんですが…」
「有名な曲だものね」
「あっ東条さんも知ってるんだ」
「ええ」

夢野と茶柱はピンと来ないようだが東条だけでもわかってくれて嬉しい。主人に頼まれてピアノを弾くこともあったのだという彼女は流石のメイドであるし、いつか聞いてみたいなと思った。と、そこで一人誰かが食堂の扉を開けて入ってきた。百田だ。

「おーい赤松」
「!!ちょっと百田さん!神聖な女子会に参入してくるなんて何事ですか!」
「ま、まあまあ茶柱さん落ち着いて…。百田くん、どうしたの?」
「おう、終一見なかったか?朝からどこにもいねえだけどよ」
「最原くん?ううん見てないけど…」
「そうか。邪魔して悪かったな。そんじゃな」

茶柱の鋭い睨みに堪えられなかった、というわけでもないのだろうが百田はそそくさと出ていった。そういえば自分も朝食以来最原を見かけていない。どこに行ったのだろうか。彼ともこのあたたかい紅茶を一緒に味わいたい、とふと思うとそわそわが止まらなかった。

「ごめん皆。私もちょっと最原くんを探してくるね」
と言うと何故か彼女たちは揃いも揃ってああ…という顔をしていた。その呆れたような目線の意味は何なのか気になりつつも赤松は食堂を出た。

普段自分たちが一緒に過ごしているところや最原がよく行くところを主に探してみたがどこにもいなかった。何故か厳重に閉じられている校舎の窓からは景色は見えないが、確かに聞こえる雨音は少し強くなっていて、妙に不安にさせる。「最原くん…」ぽつりと呟いたところで誰も返さない…と思いきや、後ろから「赤松ちゃん」と声をかけられた。
「!?…お、王馬くん。何してるの…」
「べっつにー。赤松ちゃんがウロウロしてるから何かあったのかなーって」
「…何もないよ」
「そう?最原ちゃんを探してるんじゃないの?」

正直なところ王馬に尋ねたところでいい情報は得られないだろう、と判断してやり過ごそうとしたのに、彼は何もかも知っているように笑っている。

「…どこにいるかわかるの?」
「うん!5階に上がっていくのを見かけたよ」
「それは、ほんと?」
「さあ、どうだろうね!」

やはりまともに取り合うだけ無駄かもしれない、と思いつつ他に目ぼしい情報もない。赤松は王馬に礼を言って上の階へと向かった。この校舎は階段が決まったところにないので一つ上へ行くだけでも骨が折れる。そういえば、あまり5階へ行ったことがあそこには最原の才能の研究教室があるではないかと気づいた。重厚な扉を音を立てないようにそっと開けて中を覗く。

…そこには、炎が燃える暖炉をバックに、ロックチェアに座って読書をしている最原の姿があった。鈍いランプの光が顔に影を作っていて、黙って本を読んでいる最原は、何とも絵になっていた。ここにクラシックの一つや二つ流れていたら、かんぜんに映画のワンシーンのようだ。ほう…と思わず見入っていた赤松の気配に気づいたのか、最原が顔を上げて目が合う。

「…赤松さん?」
「…あ…」

しまった。覗き見していたことがバレてしまった気まずさと恥ずかしさがない交ぜになって赤くなる。しかし最原は気にする様子もなく、いつもの様に優しい声で問うのだった。

「どうしたの?」
「…えっとね、さっき百田くんが最原くんを探してたよ」
「あ…そうなんだ」
「うん…それで私も、朝から見かけないけど最原くんどこ行っちゃったのかなー…って…ここにいたんだね」
「ああ、ちょっと思い立ってさ。ここ、自分の研究室なのにろくに見てなかったから。そしたら僕好みの小説がたくさん置いてあったからつい読みふけっちゃってたんだけど…」
「そっか。邪魔しちゃってごめんね」
「ううん。ひと段落ついたし、一緒に降りようか」

そうして二人で教室の外に出ると、最原が「…あれ?」と不思議そうな声を出す。

「雨降ってたんだ…降るんだねここも」
「えっ気づいてなかったの?」
「僕がここに来るまでは降ってなかったから…全然気づかなかった」
「…ふふ、よっぽど読書に集中してたんだね」
「う、うん…みたいだね」

少し恥ずかしそうにしている最原の、知らなかった一面を見れたような気がした。そんな雨の日の収穫だった。



お題「雨」
紅鮭で最原君の研究教室行けないとか突っ込んだらいけない

170323


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