アンダンテ | ナノ

拝啓、

 歓声が聞こえる。誰かが、恐らくあいつがゴールしたのだろう。敗者は惨めに項垂れることしかできない。僕は最後まであいつに勝てなかった。
 浅い呼吸を繰り返す。身体中の痛みも、悔しさも、哀しみも、とどろくような歓声に飲み込まれ、このまま青空へと溶けていきそうだ。誰に見られることもなく、知られることもなく。
 僕は結局、このレースに参加する前と何も変わっていないのか、進めていないのか。
 せっかく足が動けるようになったのに。ここまで来れたというのに。もう目も開けられないのに、涙だけが溢れてくる。ああ、君の名前が呼びたい。
「…ジャイロ…」
 もう応えてくれないことはわかっていても、呼ばずにはいられなかった。
 
 ―おいおいずいぶん弱気じゃないか、ジョニィ・ジョースター。
 するとまるで呼びかけに呼応するように、暗闇の中から声が聞こえた。
 ―そんなところで諦めるなんてお前らしくもない。
 …うるさいな、見ればわかるだろ、こんな状況で何が出来るっていうんだよ。
 ―今までのLESSONも忘れたのか?
 LESSON……。

 頭の中で駆け巡る。ジャイロによるそれはいつだって言葉足らずで、しかも窮地に追い込まれてから言われたもので、まったく強引で横暴で、けれど一つたりとて不要な教えはなかった。すべては血となり肉となって、僕は今、ここにいる。忘れるもんか。忘れられるもんか。

 ―そうだろう。なら、あの頃と同じだなんて言えるのか? ほら、目を開けてみろ。
 …ああ、そうか、そうだよな。
 
 名前を呼ばれ、重いまぶたを開くと、こちらに向かって走ってくるスティール氏の姿が目に入った。リタイアになってでも、ここに掴まればまだ助かるんじゃないか、そう叫ぶ声と、差し出された手。僕はためらいなく腕を伸ばし、その手を掴んだ。もう指一本動かせなかったのに、このまま魂すらも霧散するのだろうと思っていたのに、僕の生きたいと思う意志は、ちっとも死んではいなかった。
 
 レースの主催者がいち参加者を助けるなど前代未聞だけれど、奇跡のようなものを感じずにはいられない。ジャイロが守ったルーシー、そのルーシーが体を張って守ったスティール氏が、巡り巡って今度は僕を助けた。なあジャイロ、君はここまで予想していたわけではないだろうけど、それでも僕は、君の意志が生きているのだと、生かされたのだと、思わずにはいられない。
 
 愛馬ではない馬の上で揺られながら、何千と共に走ってきた男のものではない背中を見ながら、喧騒がやまない中を駆け込んだ。もう歓声は聞こえない。胸の奥の声だけが響いている。
 
 ―おめでとう、ジョニィ・ジョースター。
 
 優勝することもゴールすることすら叶わなかったのに、そのことばはすんなり受け入れられた。だって僕は、ぼくは自分が目指していたゼロにようやくたどり着いた。ここは、かけがえのない友と一緒に、必死に掴み取った今なのだ。
 
 目を閉じて、祈るように告げる。
 ありがとう。
 そして、さようなら。


 拝啓、泣き虫だったぼくへ



190120

Clap

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -